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太っ腹なアメリカ政府

さて、そうこうする内にアメリカ政府から、小切手が舞い込んできた。

600ドル。税金還付に似ているが、これはEconomic Stimulus Payment、つまり景気刺激用の大盤振る舞いである。サブプライムで沈みかけていた米景気を引き戻すために、国民にお金を与えようというのだ。

サブプライム問題が一服した今となっては、遅きに失した感もあるが、このような政府の積極的な対応策も、サブプライムで燃え上がった火事を消し止めるのには役立ったろう。

今年は大統領選挙年で、共和党の人気取りという意味合いもあるが、人民にキャッシュをばらまくという発想は、合理的と思う。600ドルをケチって景気後退し、金融危機に陥るよりも、出すべきところは出した方が痛みは少ない。

サブプライムに対するアメリカ政府の対応は、迅速で大規模だ。連銀は瞬く間に金利を半分以下に下げ、破綻した金融機関には公的資金を注入した。ゆるゆると対応を小出しにした結果、「失われた十年」を招いた日本と好対照である。



翻って見れば、日本が先の大戦で負けたのも、日中戦争でずるずると対応を先延ばしにしていったのが、根本原因である。その結果、戦線は拡大を続け、その都度兵力は追加投資され、世界中を敵に回して結局は破滅した。

それに比べ、アメリカは緒戦は敗退したものの、やがて日本の戦略を分析し、日本が資源供給に難を持っている弱点を発見、海上補給路を叩くという戦略に切り替えてからは、基本的に負け戦はしていない。

今回もアメリカは日本の金融危機を分析し、日本政府と逆の対応を取ることで、事態収拾に成功したように見える。国民に金を持たせ、消費を喚起するなど、ひっくり返っても日本政府からは出て来ない発想だろう。



なぜ日本ではできないのだろうか。つらつら考えていくと、日本の持つ官僚制度の限界につき当たる。

日本型官僚制度のルーツは江戸時代の武家統治と、プロイセンの中央集権であるが、そのどちらも国民主体の発想を持ってはいない。

士農工商の上に成り立つ江戸幕府にとっても、農奴制のプロイセン政府にとっても、国民は統治の対象でしかなく、国家にお金がなくなれば、そこから搾り取るだけの対象でしかなかったのである。

もちろん、民主主義が確立した現在の日本政府では、最早そのようなことを口にするお役人はいないが、やはり無意識的な前提として、税収不足の際には、支出を削減するよりも、税金を上げるのが当然という思想があるように見える。

だから政府機関のリストラは遅々として進まないし、税金を国民に戻す、という発想自体アリ得ないのだろう。



これを打破するには、政治を国民の手に取り戻すのが不可欠だが、残念ながら、全共闘以後、日本の大衆政治は下火になり、政治的無関心が国民の基調となってひさしい。

無関心な以上、草の根運動が新党結成、という方向には進まず、二大政党化を進めるしか、現実的な解決策はないのだろう。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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