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フォッカーDr.I

fokker_Dr1

第一次世界大戦中、真っ赤に塗られた戦闘機を駆って、敵機を撃墜すること80機。ドイツの撃墜王として有名になったレッドバロン(赤い男爵)こと、マンフレート・フォン・リヒトホーフェン。彼が愛して乗りこなした戦闘機が「傑作機」フォッカーDr.Iである。

三葉+1翼(主脚間の補助翼)の採用によって驚異的な上昇能力を得たDr.Iは、その優れた運動能力で数々の格闘戦を制した。安定性に難があったものの、逆に戦闘機にはその難が幸いし、小回りが良くきいた。

レッドバロンのみならず、数々のドイツ軍名パイロットがこれを愛し、多くの連合軍機を撃ち落としたのである。

しかし操縦は難しく、着地も難しかった。着地では空中戦と同程度の機数が失われたが、それはDr.Iは3枚も翼があり、視界が極めて狭かったのも一因である。飛行時でも真ん中の翼が視界を遮るが、着陸時では機首を上げるので、翼の後ろにいるパイロットからは、ほとんど前面が見えなくなるという欠点があった。

視界の悪さは戦闘能力にも影響し、いち早く敵機を発見して襲撃・離脱するという「一撃離脱」の戦法をとるのが難しかった。逆に「見えぬ」敵機に発見され、知らぬ間に撃たれてしまうというケースも多かった。

足の遅さも、一撃離脱戦法を困難なものにしている。Dr.Iは翼が多すぎるため空気抵抗が大きく、速度を上げようにも上がらないという欠陥があった。そのため襲撃しても敵に逃げられることが多く、結局320機しか製造されず、登場の翌年には一線から退いてしまった「傑作機」であった。

ちなみにメーカーのフォッカー社は戦後、オランダで再出発を図り、スーパーユニバーサル、フレンドシップなどの名旅客機を生み出した。しかし近年はボンバルディアなど新興メーカーとの競争が激化し、遂に1996年倒産。86年の生涯を閉じた。

テーマ : ラジコン・空物
ジャンル : 趣味・実用

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