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山月記

暫くぶりで「山月記」を読み返したが、かつては読みすごしていた、幾つかの点が気になった。一つは「なぜ主人公・李徴は虎になったことを恥じているのか」ということだ。

もちろん、人間から畜生になるということは十分に恥ずべきことなのではあろうが、芸術至上主義者たる中島敦や、その化身たる李徴にとっては、あまり強い理由のようには見えぬ。

調べてみて分かったが、実は「山月記」は唐代伝奇小説「人虎伝」が元ネタ。代々漢学者だった中島には、馴染み深いストーリーだったらしい。「人虎伝」では、虎になった主人公は何度も人を食べた、とあり、これを恥じていたことが分かる。

中島はこの下りをカットしてしまったので、話がうまく繋がらなくなってしまったのである。

改竄(というか脚色)は他にもある。原作では、主人公はある夫人と密通した後、彼女が逢ってくれなくなったことや、主人に密通を邪魔されたこと恨み、その家に火をかけて一家を焼き殺すという暴挙の報いを受けて虎になる、という筋書きだが、中島はこれを芸術至上主義者の鬱憤に置き換えた。

中島は若くして文壇にデビューしたものの、何年間も国語教員の座に甘んじ、鬱々として楽しまなかったようで、その鬱屈を李徴に乗り移らせ、一芸にのめりこみすぎた者の哀れな末路を描くことで、己の内奥を吐露したのである。

もっとも心底では、中島は芸術の勝利を仄めかしてもいる。虎という孤高の生物を持ち出したのも、その表れだろう。詩というのは役に立たないものとしながら、詩を諦め切れない李徴の姿は、そのまま文学への価値を信じ続けた中島の姿に鬱って見える。

虎というのは恥ずべき姿でありながら、同時に中島の求める姿でもあったわけで、それが虎であることの恥ずかしい理由が見えない遠因ともなっているように思える。



その鬱憤から逃れるためか、中島は教員の職を辞し、パラオに赴く。当時(昭和初期)、日本はドイツから割譲された南太平洋の信託統治領を総督するために、パラオに南洋庁を置き、現地人に日本語教育を推し進めたが、その教科書編纂に、中島は渡南したのである。

しかし慣れない酷暑の地で中島は持病の喘息を悪化させ、着任早々にして帰国し、没する。33歳であった。

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