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美しい日本の貧困

日本の貧困率は、先進国の中では、アメリカに次ぐ高さだという。OECDの調査(08年)では、加盟30か国中、日本はメキシコ、トルコ、アメリカに次ぐ堂々の第四位。政府発表でも07年の貧困率は16%となっている。

もっともこの貧困率は「相対貧困率」(平均以下(厳密には中央値)の可処分所得しか得られない人々の割合)なので、これをもって日本=貧困大国とするわけにはいかない。実際、もう一つの代表的な貧困指数であるジニ係数では、日本の値はそれほど突出していない。(厳密には格差指数だが)

とはいえ、ホームレスや貧困者の増加、デフレ、給料引き下げなど、貧困化の現象はすでに顕著なものとなっており、かつての総中流社会が崩壊したことには異論はないだろう。


たしかに渋谷を歩いていても、きちんとお洒落をした若者のなかに貧困を嗅ぎ取るのは難しい。たとえばアメリカでは貧困層と富裕層ではファッションも行きつけの店も異なるので、両者を見分けるのはたやすい。これは階層分化が長年に渡った結果なのだが、実は日本でも戦前はそうであった。

いわゆるお嬢様・お坊ちゃまの行く学校などは、庶民にはとても入ることが許されないものであったし、そもそも学校に行けない・行かない層も存在していたのである。(田中角栄は小学校卒であった。注:その後専門学校には行っている)

これから類推すれば、適切な手が打たれなければ、現代日本でも時がたつにつれて文化が進み、階層文化が定着してくるものと思われる。現状の均一文化は、実際にはかなり崩れつつあると見るべきだろう。


しかし「適切な手」といっても、打つ手が乏しいのが現状である。子供手当て一つとっても政権は大揺れに揺れているし、事業仕分けは節税効果はあったものの、それから必要資金を全て捻出するのは難しい。

44兆円にも達した国債に頼ることができない以上、残るは増税となるが、消費税への抵抗は依然根づよい。むしろ労働組合が支持基盤の民主党政権下では、法人増税や(富裕層への)所得増税の可能性のほうが高い。

富裕層への課税強化は格差緩和には役立つが、企業への課税強化は企業競争力の低下を招き、下手をすると一億総貧困に陥りかねない。月100万円の利益で5人の従業員を雇っている会社に、課税を強めて利益が80万円となったとしたら、1人の従業員はクビにしなければ、ならない。

パイを公平に分けるのも重要だが、パイ自体を拡大させることも必要なのである。


そもそも日本の貧困化・格差拡大の根本原因は空洞化にある。空洞化の後を経済のサービス化・知識集約化でうめようとしたが、英米ほどうまく行かなかった上に、第三次産業での雇用は二次産業よりも少ないために、失業や低賃金が当たり前の経済構造になってしまったのである。

では、というので空洞化を押しとどめ、生産拠点を日本に戻す動きが07~08年ころには見られたが、その後の急激な円高、政府規制の強化などから、再び海外移転が盛んになっているという。かつての移転はより高い利益を得るのが主目的だったが、今では死活問題-「日本にいてはやっていけない」のだ。

また空洞化が長期化した結果、日本の技術力が低下しているのも否めない。その技術力を支える技術者や匠がもてはやされているものの、実際にその道に入る若者は少ない。給料が低く、辛い修行・勉強が続き、危険さえ伴う世界は流行だけではやっていけないのである。

実は空洞化は韓国・台湾でも起きた現象であり、両国は大きな打撃を蒙ったが、投資先の選択と集約、世界規模の部品調達力などを通して復活した。

その背景には「アメリカに留学しなければ一人前ではない」と言われるほどのアメリカ追随がある。韓台は国内市場が小さく、日本以上にアメリカを意識しなければ生き残れないため、アメリカに眼をむくのは当然だが、結果として、英米流のスピーディなシステム思考が根付き、果敢な投資戦略と、飛行機をバス代わりにする世界感覚で、強固な地盤を築き上げた。


翻って日本では、今なおビジネス=金儲け=さもしい、という清貧の思想がつよく、草の根レベルでの資本主義が根付いていない。3人集まれば商売の話をするという中国人には、とても敵わないのである。

技術力で勝負するにしろ、急速に技術力を身に付けた中韓が後から迫ってきており、日本が目玉とするナノテクやロボットも、本格的に事業展開する金のタマゴというより、研究者のための研究という批判がつよい。そしてその裏にはやはりビジネス=悪、研究=善という資本主義蔑視が見え隠れする。

そのような悪癖は改めなければならないが、一度停止されたスパコン予算が復活したように、改革は乳として進まない。またシステムが変わっても、人間の信条や習慣は一夕では変わらない。

そうこう考えると、日本の貧困というのは構造的・習慣的なものであり、数年で解決されるものでないことが見えてくる。これまで、政府や識者は貧困をどう解決するか、という根治療法を論じてきたが、これからはむしろ貧困の存在を前提として、そのなかでも死なないようにするという対症療法を論じることになるだろう。


ひとつの試みとしては、「相互扶助」の復活、が挙げられる。

ルームシェアを通して家賃や光熱費・食費の低減を図る。マイクロクレジットを利用して、資金を融通する。カーシェアリングで交通費を下げる、ネットオークションをつかって機具の購入費・処分費を抑える、といった試みがすでに始まっている。

とくにネットを通じた緩い人間関係がウリのオークションは、すっかり定着した感があるが、それ以外となると、コミュニケーションスキルが低い日本人には、ハードルが高いようにおもえる。

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