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狂人・芥川~芥川文学における超現実~3

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ただその神は不安定である。ために彼の師である漱石は、小説そのものでなく、小説を通して「人間」を追求することを神とした。人間が社会で生きるためには、何が必要なのかを、小説を書くことで考えることを第一義としたのである。

もし漱石が生きていたら、芥川の小説も新たな方向性を得たかもしれない。しかしその師を早くに失っていた(知り合って1年で漱石は死去)芥川の小説は、現実と非現実との狭間で揺れ動き、やがて「河童」「歯車」など、幻想的な小品を量産するに至った。

フランスの詩人・コクトーは背徳的だったが、その背徳が成り立つ前提として、コクトーの精神の奥底には、基督精神が宿っていた。だがそのクリスチャニズムの根がない東洋においては、欧米式小説をものするのには限界があったとも言える。

むしろ、芥川は母親ゆずりの幻想(または狂気)を武器として、その奥にある実在を探ろうとした詩人的形跡が窺える。たとえば最晩年の作「或る阿呆の一生」は彼の詩的自叙伝だが、「自らを発電機と妄想する狂人」、「椰子の花と吐血」、「空中の硝子天秤」など、象徴的な幻想を通して、自分の経験してきた人生の深みを抉り取ろうとしている。

なるほど、存在とは目に見えたり手に触れたりするものだけではない。その後ろ側には、この世にせり上がろうとする恐ろしい「存在」がひそんでいる。いつもの帰り道が、ある日ある時、ひょんな拍子に魔界への入り口に変貌してしまう。そしてたちの悪いことに、その魔界の方こそが、真実のように見えてしまう。

文学史を紐解けば、そのような詩的diveは彼岸に身をおく超現実主義、そして彼岸と此岸を混在させる現代文学へと昇華していくが、芥川はその入り口に位置した作家でもあった。



彼の遺作「歯車」は、奇怪な暗示に満ちている。

「すると自転車に乗つた男が一人まつすぐに向うから近づき出した。彼は焦茶いろの鳥打ち帽をかぶり、妙にぢつと目を据ゑたまま、ハンドルの上へ身をかがめてゐた。僕はふと彼の顔に姉の夫の顔を感じ、彼の目の前へ来ないうちに横の小みちへはひることにした。しかしこの小みちのまん中にも腐つた鼠(もぐらもち)の死骸が一つ腹を上にして転がつてゐた。
 何ものかの僕を狙つてゐることは一足毎に僕を不安にし出した。そこへ半透明な歯車も一つづつ僕の視野を遮り出した。僕は愈最後の時の近づいたことを恐れながら、頸すぢをまつ直にして歩いて行つた。歯車は数の殖えるのにつれ、だんだん急にまはりはじめた。同時に又右の松林はひつそりと枝をかはしたまま、丁度細かい切子硝子を透かして見るやうになりはじめた。僕は動悸の高まるのを感じ、何度も道ばたに立ち止まらうとした。けれども誰かに押されるやうに立ち止まることさへ容易ではなかつた。…… 」

不可解な文章であるが、ここに出てくる暗示が「死」ということは明白だろう。姉の夫、鼠の死骸、歯車、動悸・・・姉の夫というのは、彼の自殺した義兄のことで、歯車というのは、偏頭痛の発作と言われているが、これは小説であるから、死のメタファとして読むべきだろう。

20世紀初頭における歯車のイメージは、たぶんに機械、工場といった人間抑圧的なものということは、チャプリンの「モダンタイムズ」に読み取れるが、芥川はさらに機械仕掛けの運命論という性質を与えているようだ。(芥川と歯車の関係を論じることはここの趣旨ではないので、おいておく)

しかし、これを読むたび、ゴッホの遺作「カラスのいる麦畑」を思い出す。これは黄金色の麦畑の上に、黒い鳥がまう風景を描いたもので、昼間なのに空は黒いのだ。そこには「星月夜」のような、異常ながらも楽しい精神の高揚は見られず、ただ迫りくる不安に翻弄されている画家の苦しさだけが伝わってくる。

カラスのいる麦畑



その不安は、おそらく芥川とおなじ「実在への根本的恐怖」であろう。実在はその日常の皮を一枚剥ぎ取ると、その下から恐ろしい姿をあらわす。それは特に何をするかという恐怖ではなく、恐怖そのものという根源的恐怖なのである。

芥川は自作に登場させるほどゴッホを熟知していることから、ゴッホの影響は無視できないだろう。そしてゴッホがその実在に耐え切れずに自殺してしまったのとほぼ同じ歳に、芥川も服毒自殺してしまうのである。(ゴッホ37歳、芥川35歳)

偶然というよりも、むしろ二人の間には、何らかの共通性が感じられてならない。

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