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民主圧勝

さて、お分かりのように「民主激勝・自公崩壊」という劇的な結末に終わった09年衆院選だが、正直、ここまで差がつくとはおもわなかった。

週刊誌などの事前予想では確かに獲得議席は300前後。海部元首相も、中川元酩酊大臣も落選すると言われていたが、実際に落選するとは・・・

片山さつきら「ちゅるどれん」はほぼ全滅、公明党も太田代表をはじめ全員落選。かろうじて20人が比例区で首をつなぐにとどまった。


公明は7月の都議選では住民票を移すことにより、全員当選という成果を挙げ、この戦術で衆院選を戦おうとしていた。小選挙区制は勝者一人が票を総取りするシステムなので、選挙区を絞り込み、そこに住民票を大量投下することにより、強引に1位を獲得する戦術が有効だ。

ところが今回の選挙では、そうすることができなかった。選挙権を得るには、住民票を移してから2ヶ月という時間が必要だからである。そのため公明党は麻生総理に都議選と衆院選の時間をあけるよう、要請していたとされる。

しかしそれが受け入れられなかったこと、また民主圧勝で自公連立の意味が薄れたことなどから、「自公分裂」という可能性が現実味を帯びてきた。公明党の掲げる「平和と福祉」政策は、自民党よりもむしろ民主党に近い。

ただ実権を握るとされる小沢氏と公明党は犬猿の仲。単独で絶対安定を確保する民主には、公明党を取り入れるメリットも少ない。一方、自民党も公明党も単独では対抗勢力としての存在感を保てず、しばらくは自公同盟はつづくだろう。


「自民の政策は正しかった。悪かったのは政策を理解しようとしなかった国民」(石破農林大臣)、「自分は改革しようとしたが、族議員が足を引っ張った」(河野太郎議員)と、敗将らには反省の色が見られない。

中には「自分の掲げた保守という旗印は正しかった。これからも保守を貫く」(安部元総理)、と見当外れの方向を向いている人もいる。

総じて自民には責任転嫁や見当外れの議員が多く、「本当に再生できるのか」と危ぶまれてならない。自民大敗の理由は、「国民の苦しみを理解できなかった」、点につきる。

自民の掲げる論理は消費税にせよ、年金にせよ、国家や大企業中心の論理で、それは(国家という巨大システムを運営する必要上)ある程度仕方ないものだが、現実に5%超の失業率、ネットカフェ暮らしにあえいでいる庶民は、その説明にもはや納得できなくなったのである。

小泉改革が日本にもたらしたものは、先進国中、アメリカにつぐ高い貧困率、最も低い一人当たりGDP、そして最も高い自殺率。その全てが小泉改革に帰せられるわけではないが、小泉以後、自民党では改革推進派と見直し派が拮抗し、有効な手当てを講じることができずに自民離れを招いたとされる。


それに対する危機意識は薄く、7月の都議選で自民が大敗した後も、「最後には勝てるだろう」という楽観がどこかにあった。

確かに危機感から、久間元防衛大臣のように、普段は下げない頭をムリして下げて回った人もいたが、ふんぞり返ってアタマを下げても逆効果というもの。結局民主の刺客に倒れた。

対する民主は徹底したソフト路線を展開。鳩山代表は徹頭徹尾、「国民にお願いする」姿勢を貫いた。これは「人を食ったような」、ふてぶてしい麻生首相と比較されていたのを、自民は最後まで気づくことができなかった。

テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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