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知られざるタイガーバーム

タイガーバーム。香港やシンガポール土産として有名で、日本でも龍角散社が販売している軟膏だ。

もっとも30代以上の人なら、むしろ「タイガーバームガーデン」としての方が通りがいいかもしれない。

タイガーバームガーデンとは、香港にあった悪趣味な庭園で、タイガーバーム社創始者、胡文虎の邸宅であった。

胡文虎。ミャンマー生まれの華僑で、父は福建省・永定市の人である。

福建は土地が狭い割には人口が多く、満足な職にありつけない人々は、新天地を目指して海外へと旅立っていったが、文虎の父もその一人であった。

19世紀後半、清朝移民の行き先は、大別して北米と東南アジアに分かれていた。アメリカの大陸横断鉄道や、列強の植民地の建設として、労働力の需要があったからである。

ただ彼が移住を志したときには、既に大陸横断鉄道は建設を終えていたし、シンガポールやマレーシアの植民地経営も安定期に入っていたので、ビルマ戦争の結果、新たにイギリスの植民地に組み込まれたミャンマーに赴くことになる。

ミャンマーに中国人?というと意外と思われるかもしれないが、例えば長らくミャンマーに軍事独裁を敷いていたネ・ウィンは、吴奈温なる中国名を持っていた華僑であるし、現在の軍事政権の中にも、華人の血を引く者がいる。

分割統治をモットーとするイギリス帝国は、ミャンマー人の不満をそらすために華僑を優遇したが、文虎の父もその優遇策に乗り、ヤングンに落ち着いて薬局を開いた。

そして同じく福建出身の女性と知り合い、2子をもうけた。これが文虎・文豹兄弟である。


兄弟は長じて父の薬局を引き継ぐと、漢方薬の近代化を試み始めた。

伝統的な軟膏は、蜜蝋などの油脂をベースに、薄荷や樟脳、丁子などの油を混ぜて作られている。だが蜜蝋は大量生産に向かないという欠点があった。

そのためアメリカでは石油から得られたワセリンをベースにした軟膏「メンソレータム」が開発され、好評を博していた。

胡兄弟はこれに目を付けた。イギリスの植民地であったミャンマーには、英米の文物が比較的容易に手にはいったのである。

そして試行錯誤の結果、父から受け継いだ漢方の調薬を、ワセリンに溶け込ませてできたのが「萬金油」(Tiger Balm)である。Tigerといっても、別段「ちびくろサンボ」のように虎が溶け込んでいるわけでなく、胡文虎の名前を取っただけである。

(ただ「ちびくろサンボ」が書かれた19世紀末は、奇しくもタイガーバーム誕生時と重なる。当時のインドでは、本当に虎を油に変える薬法があったのかもしれない)


胡兄弟はこれを引っさげて東南アジアを席捲する。虫さされから眠気覚ましまで、万能薬として薬効が優れていただけでなく、兄弟のマーケティング手法も秀逸なものだった。

たとえば兄弟は虎の飾りつけをした車を社用車とし、各地を走り回った。人々はそれを見て興味を抱き、こぞって萬金油を買い求めたという。

会社は繁盛し、兄弟は会社を片田舎たるミャンマーから、東南アジア交易の中心地・シンガポールへ移した。タイガーバーム社は東南アジア屈指の大企業にのし上がり、マスコミ事業にも手を伸ばし、星洲日報、星島日報など「星系列」と呼ばれる一大新聞チェーンを作り上げた。

そして余勢を駆って、30年代には香港に再移転する。土地を買い求め、一族の根拠地として、件(くだん)のタイガーバームガーデンを建設したのであったが、そこに安らぐ間もなく、太平洋戦争に遭遇することになる。


香港を占領した日本軍は、文虎を捉え、これを軟禁する。文虎は親蒋派の巨頭とみなされていたからである。

政治よりも商売が大事な文虎と、胡財閥を戦争に協力させたい日本軍との間で合意が成り立ち、日本軍は軟禁を解く。そして1942年に東京で大東亜会議が開かれると、文虎も前後して東京に赴き、東条英機と面会したのである。

面会の中身はつまびらかでないが、大東亜会議が日本の傀儡政権の会合だったことを考えると、文虎と東条の会談は「戦争協力とその見返り」についてだったのだろう。

しかし会談後、急速に戦局は悪化、3年後には第二本帝国は崩壊。香港は再びイギリス統治におさまり、文虎も元通りの商売を続けることになる。

文虎は54年に72歳で死去。その後は末娘の胡仙が継いだ。


時に胡仙22歳。彼女はメディア事業に力を注ぎ、傾いていた星系列新聞の経営建て直しに成功し、「メディアの女王」と呼ばれるほどの名声を博した。

しかし80年代、投資に失敗。あとは雪ダルマ式に借金を増やし、終に2000年には一族のシンボルであったタイガーバームガーデンを売却する羽目に陥った。

現在、バームガーデンは一部がマンション用地に使われ、残りは立ち入り禁止になっているが、無断で入り込む人のあとがたたないという。巨僑・胡一族の存在感を、まじまじと感じ取れる、またとない場所だからなのだろう。


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