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ものには

物語、武士、怪物、悲しみ。この4つの単語に共通するものがあるが、お分かりだろうか。
それは「もの」である。もの・がたり、もの・のふ、もの・のけ、もの・がなしい。これらの言葉には、すべて「もの」が付いている。

「もの語る」とは、ある事について語ることだから、「もの」とは、「抽象的な事柄」をさす。一方、「もの悲しい」とは、なんとなく悲しいということだから、ここの「もの」は、「はっきりと認識はできないが、存在することは存在する意識」である。

「事柄」と、「ぼんやりした意識」。共通点がありそうにもないので、「物の怪」を見てみることにしよう。

「物の怪」とは死霊・生霊のことで、現在でいう幽霊に近い存在である。とすると、「もの」とは、「霊魂」「幽霊」のこととなる。

事柄、意識、霊魂。これに「もの=物体」という意味を重ね合わせて考えると、「もの=はっきりしないこともあるが、感じ取ることのできる存在」、という共通項が浮かび上がる。

つまり、物は「はっきりと認識できる存在」であるし、物語は「意識上で感じ取れる抽象的事象」、もの・のけは「はっきりとは感じ取れないが、確かにある霊的存在」と言えるし、もの・かなしいもまた、「はっきりしないが、悲しいという意識存在」と、うまく解釈できる。

人間を表す「者(もの)」もまた、「自分の目の前にいる生物存在」であるし、語尾につく「~ものだ」(例・悪事は発覚するものだ)は、前部「悪事は発覚する」を指している概念存在といえる。


とすると、「もののふ」とは、何なのか。

当然、武士のことだが、元来は「物部(もののべ)」のことで、物部とは、宮廷の警備を担当する官名のこと、つまり軍事大臣であった。後にその職はある氏族、すなわち物部氏が世襲することになり、やがて蘇我氏との対立につながっていくのだが、それは兎も角、「物部」が軍事職の名称となったのには、理由があるはずである。

「部」とは部署、省庁のことだから、「物部」は「ものを担当とする省庁」であり、この場合「もの」は「武器」と考えるのが自然だろう。

とすると、なぜ古代では「もの」が武器を表す用語になったのだろうか。もの、は本来物体や概念、気配など、一般存在を示す言葉だったのに、である。

そこで慣用句をチェックしてみると、「ものを言う」、「ものを言わす」、「ものの数」という表現があるところからすると、「もの」には「威力」という意味が込められていることが分かる。

物の怪、物忌みの「もの」は「魔神」という意味だから、5~6世紀の日本では、「もの」には魔神のような呪力をもつ武器、という意味が与えられていたのだろう。


このように考えると、古代人にとっては、物体と精神の境界は曖昧であったことが推測できる。モノはあるときは物体であり、あるときは霊魂であり、またあるときは人間であったり、意識であったりと、「何かの気配」をさすものだった。

古代人の考える世界とは、エーテルのように、この世には「気」が満ちており、それが物体になったり、幽霊になったりと、千変万化をくりかえすのである。

中国人はそれを陰陽二元論という哲学体系にまとめあげたが、日本人はむしろ気をそのまま雰囲「気」として把握する「腹芸」の方向に進んだとおもわれる。

多文化多民族が入り混じる中国大陸のような環境では思想を論理的に鍛え上げる必要があったのに対し、そのような要請の乏しかった日本では、むしろ論理は邪魔とされたのだろう。

したがって物体と精神を同一的にとらえる日本人の心象はふかく根付いたものになり、それが「米粒に神宿る」や「人形供養」のようなアニミズム(物霊信仰)、一つのモノに終生執着する「職人道」の京成につながったのでは、ないか。

テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

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