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ピラミッド・トンネル

ピラミッドには幾つもの謎がある。内部トンネルをはじめとして、そもそも建築法自体、よく分かっていない。

有力な説としては、直線状のスロープを作って石を引き上げた、としているが、これだと1キロ以上ものスロープを作らなければならず、実現不可能ではないが、不経済である。

もう一つの説としては、ピラミッドの周囲の足場を組み、螺旋スロープを作って引き上げるというものがあるが、炎天下のエジプトでは、そのような作業は労働者の疲弊を招き、効率的ではない。

従来はファラオの絶対権力により、採算は度外視され、奴隷労働者は酷使された、とカンタンに片付けられたが、研究が進むにつれ、当時のピラミッド労働は過酷なものでなく、社会事業的な福祉的側面をももつという説が有力になり、従来の奴隷労働説の見直しが求められるようになった。

またギリシャの歴史家ヘロドトスは、ピラミッドは20年で建設された、と記しており、上のようなやり方では、20年間では完成に漕ぎつけるのは難しいのである。

このような難問を解決したのが、フランスの建築家ジャン・ピエール・ウーダンである。



彼は建築家の発想で、熱帯でこのような巨大な構造物を作り上げる際には、トンネルを利用したはずだ、と考えた。ピラミッドの外壁沿いに螺旋トンネルを作り、それを伝って石を運搬すれば、涼しく快適に作業が進むのである。

当初は荒唐無稽なアイデアと思われたが、実際にピラミッドには内部トンネルらしきものがあることが分かり、脚光を浴びるようになった。

自説に地震を得たウーダンは、さらに発想を推し進め、トンネルを利用して「エレベータ」が装備されていた、と考えた。クフ王のピラミッドには王の間に続く急斜面の回廊があり、「棺を運んだ」などとされているが、王の間には棺はない。(らしきものはある)。

そこでウーダンはこの回廊には台車重りが配置され、それを利用して地上から巨石を牽引した、という、これまた奇想天外な持論を発表した。一見ばかばかしい仮説のように聞こえるが、よく考えると、合理的な説である。

重量物を持ち上げるさい、それを単純に人手を使って牽引するより、エレベータのように、片側に重りをつけて、滑車を介して引っ張り上げたほうが、かかる力は少なくてすむ。基礎的な力学の原理だ。

すでに円周率も知っていたエジプト人のこと、これぐらいの原理も応用できなかった、と考えるほうが不自然だし、ピラミッド建設ともなると、王国から選りすぐりの技術者らが集められただろうから、なおさらである。

もちろんこの説は発表されてから2年と日も浅く、定説となるには至ってないが、CGなどを見る限り、かなり有力な仮説であるように感じられた。


もっとも、一番不思議に思ったのは氏の説よりも、むしろ、「どうやって氏は様々な関係者から、協力を得たのだろうか」、という点だ。

一介のアマチュア考古学者にしか過ぎないウーダンは、本職の考古学者やピラミッド調査団、博物館、ダッソー社(フランスの大企業。力学シミュレーション、CG作成を依頼)などに次々に研究支援を依頼するが、頼まれた人は誰もが快く依頼を引き受けるのである。

たとえば同じことを日本でやれば、即座に門前払いを食らうこと請け合いである。一介の歴史マニアが、大学の考古学教授をたずねても、まず相手にしてくれないし、三菱重工にシミュレーション作成を依頼しても電話を切られるだけだろう。いや、メール段階で迷惑フォルダ入りか。

日本は基本的に「階級社会」である。しかるべき階級の、しかるべき紹介がないと、権力へのアクセスは難しい。それに対し、世界では、「とりあえず聞くだけは聞こう」という人が多い。ひょっとしたら、そこに儲け話が転がっているかもしれず、聞かなければ、その機会を逸失してしまうからだ。

グローバル化以降、日本が発展できないでいるのは、そのような「まずは聞いてみよう」、という謙虚さがないからだと思う。


が、いくらフランス人が「謙虚」とはいえ、シミュレーション、CG作成には多大な資金が要る。ウーダン氏は建築の仕事もやめ、ピラミッド研究一本に絞っているので、生活費も必要なはず。彼に資金を提供している団体あるようだ。

調べてみると、http://www.construire-la-grande-pyramide.fr/ という組織が、彼に資金などの研究援助を行っていることがわかった。ウーダン氏の論文に賛同した企業が、彼に援助を申し出ているのである。企業の中には先述のダッソー社をはじめ、エア・フランス、フランスガス社(旧国営ガス)、などの錚々たるメンバーもふくまれている。

彼はそこから潤沢に有形無形の援助をうけ、ほとんどオールマイティに、ピラミッド関係のリソースにアクセスを許可されているわけである。

欧米では会社の伝統が長く、有望となると、1個人にでも大企業から資金が投下される。また寄付の伝統もあるため、考古学の研究のように直接利益にならないことにでも、援助は行われる。

だが、会社も寄付も伝統が浅い日本では、これは実現し難い仕組みだ。たとえば市井の歴史マニアが、邪馬台国沖縄説を発表し、なかなかに信憑性が高い。そして彼は自説を証明するために、水中調査を支援してくれ、と頼むが、その頼みを聞き入れるだけの企業が、日本にはどれだけあるだろうか。おそらく皆無だろう。

大学や研究機関の、しかるべき考古学研究でも、民間企業が支援することはあまりない。ましてやアマチュアの研究など、見向きもされないのが現状である。日本の民間研究が、文献調査や民俗調査など、あまり資金を要しないレベルにとどまっているのは、この点が大きい。


学問が活性化するためには、プロとアマの対等な交流が不可欠なのだが、日本ではいまだにプロがアマを「啓蒙する」という枠組みが根強い。それはプロがアマの持たないさまざまなリソースへのアクセス権を持っており、研究上、絶対的な優位を保持しているからである。

ウェブの登場は、そのような絶対的優位を打破するかのように見えたが、打破されたのは一部の文献資料にしか過ぎず、研究設備へのアクセス、資金援助など、研究に不可欠なリソースの大部分は、依然としてアマチュアの手に届かないところに隔離されている。

翻ってみると、このようなアクセス権の差別は、日本社会の至るところにある。政治的に発言しようとする者は、マスコミや政治団体へのアクセス権がないと、発言しても無視される。宣伝や地位というアクセス権をもつ有名人の文章は売れるが、もたない一般人の文章は売れることがない。

このような「見えない障壁」が、日本のあちこちにあり、何かしようとするたび、障害になる。日本の閉塞感、若者の無気力は、これが原因だとおもふのである。


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