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静かなるドン

静かなるドン (91) (マンサンコミックス)静かなるドン (91) (マンサンコミックス)
(2009/05/29)
新田 たつお

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連載20年、炭鉱本91巻、発行部数は4千万部という「お化け漫画」だが、面白いのは前半の鬼州組抗争編だけで、後半のジョンロン編、アレキサンダー編になると、坂を転げ落ちるようにつまらなくなるので星4つの評価とした。(前半だけなら星6つなのだが・・・)

特に現在連載中の龍馬編はもはや物語世界そのものが崩れ、惰性で続けている「こち亀末期状態」が続いている。

そもそもこの作品の原型は「水戸黄門」あるいは「スーパーマン」にある。日ごろは冴えないサラリーマンが、実は日本有数の大暴力団・新鮮組総長。

サラリーマン時にコテンパンにやられても、組長になるとオールマイティな強さを見せる、というのが面白さの源泉になっているのだが、後半になると、その面白さを侵食するように物語が進んでしまう。

主人公はサラリーマンとして出世し、恋人とも結ばれ、秘密にしているはずの裏と表の顔も、次第に周囲にばれてしまう。



まあ当初はバレておしまい、クラーク記者はスーパーマンだったのよ、で話を締める予定だったようだが、予想以上に人気が出てしまったので終わるに終えられず、次々に強敵をぶつけることで延命を図った様子が窺える。

同じように敵のインフレーションが進んだ先例としては「北斗の件」があるが、これは2兄を出したまでは良かったが、ラオウを倒してしまうと、「超ラオウ」とでも言うべきイロモノを出さざるを得ず、物語の精彩を失っていった。だいたい、無理するとキャラクターの底が浅くなるものだ。

「静ドン」では4代目鬼州組長の息子、竜馬を「超ラオウ」と設定したが、竜馬もやはりこの頸木を逃れられなかった。出生の秘密、恋人の死、同輩との抗争など、あれやこれやと竜馬にエピソードをつけて膨らませようとするが、いかんせん、リアリティがない。

主人公・静也の魅力は、「善人のサラリーマン、悪人の暴力団長」という設定が巧妙で、その狭間に揺れる人間・静也の苦悩や喜びに作者が共感できた点にあるが、竜馬にはそのような設定がなく、一向に共感ができない。

それは竜馬が単に話を進めるためのピエロとして登場させられているだけで、彼自身が「動かしてくれ」と頼んだわけではないからだろう。おそらく、作者の中では静也は勝手に動いてしまうキャラだが、竜馬は計算で動かさなければ動かないキャラなのだと思う。


ストーリーテリングのための道具=竜馬、ということが分かれば、おそらく終末には彼の死が控えていることが予想できる。それは物理的死でなくてもよい。極道から身を引いたり、鳴戸のように海外に行方不明になったりして、静也のライバルでなくなればよいのだが、竜馬の場合、権力・能力を強く設定しすぎたので、おそらく殺してしまわないと収拾がつかない気はする。

かといって静也に竜馬は殺せないので、竜馬が自死をえらぶ、あるいは巨悪による竜馬の暗殺、という結末がもっとも無理がない。そして遺志を継いで新鮮組が日本を統一し、長年続いた抗争に終止符を打つと同時に、巨悪のトドメをも刺す。

近藤静也は正義の味方として社会に受け入れられ、サラリーマンという秘密も明かされ、めでたく恋人と結婚というハッピーエンド。。。だといいなw。

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