スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クライスラー・レクイエム3

前回はこちら


32年に当選した大統領ルーズベルトは「New Deal=新規撒き直し」政策を行い、不況退治に乗り出したが、最終的に不況が終息するのは第二次世界大戦に入ってからになる。

クライスラー社も軍需を大量受注し、経営面ではAirflowの失敗を挽回するが、デザイン面では以後長く、斬新なデザインを採用することはなかった。

またクライスラーはモノコック・ボディの長所を見抜き、他社が製造していない間も、モノコックの車種を世に送り出していた。軽量性、衝突吸収性にすぐれたモノコック・ボディは、1975年以降、乗用車のスタンダードとなるが、ここにもクライスラーの先見性があらわれている。

50、60年代には、アメリカ経済は頂点に達し、高価格だが高性能なクライスラーはフォードやGMよりも高級なメーカーとして、高い人気を誇っていた。

そして余勢を駆って、ヨーロッパを中心に世界展開をはじめる。もっともこれはクライスラーに限ったことではなく、60年代前後のアメリカ経済は全盛期で、コカコーラ社やマクドナルド社のように、世界中に展開していった。その波にクライスラーも乗ったのである。


ところが70年代に入るとベトナム戦争が泥沼化。そこに石油ショックが加わって、アメリカ経済は大打撃を受ける。

それまで無制限だった高速道路にも速度制限が設けられ、都市化の進展とあいまって、高性能車の売れ行きは悪化していく。

これは大出力、したがってガソリンをがぶ飲みする車を量産するクライスラーにとっては、大きな痛手であった。

海外からは高燃費、低故障率を旗印に日本車、ドイツ車が上陸。たちまちアメリカ市場を席捲する。しかし既に40年に創業者クライスラーは死去しており、大企業に膨れ上がったクライスラー社は方向転換ができず、大型車に固執して、傷口を広げ、70年代後半には深刻な経営不振に陥ってしまう。


そこに現れたのが救世主・アイアコッカである。

もともとフォードの社長であったアイアコッカは、会長とソリが合わず、解雇されていたが、クライスラーにスカウトされ、社長におさまる。

新社長はまず政府に掛け合い、破綻すれば大量の失業者を出すと脅迫することで、国から資金援助を取り付けることに成功した。GMやフォードの経営者は国防長官や大統領に就任するなど、ビッグ3は連邦政府とつよく癒着していることも、その背景にはあった。

「国に泣きつく」という手法は以後、クライスラーだけでなく、ビッグ3全体に引き継がれる経営手法となり、自助努力の意志を削ぐことで、最終的にアメリカ自動車産業の息の根を止める劇薬となるのだが、79年当時は、そこまで見通せる人間はいなかった。

アイアコッカは不採算部門を処分するなど、大規模なリストラを敢行。一方で成長分野たる小型車部門に梃入れしたり、ミニバンを他社に先駆けて導入するなど、社長就任から9年後には黒字化を達成。見事にクライスラーを救った。

このようなトップの強いリーダーシップによって経営危機を克服する手法は、当時流行し、GEのウェルチ会長などが有名である。彼らはともにアイアコッカ革命、ウェルチ革命と呼ばれる徹底的なリストラ、経営資源の集約化、新しい企業文化の創出などの共通点を持っていたが、これは大統領制度をもつアメリカ社会の風土でもあった。


クライスラーは87年にはジープ・ブランドを買収。ダッジ、プリマスなどのブランドはあるものの、どれもぱっとしなかった当社への福音となる。

ジープは第二次世界大戦中に開発された、汎用軍用車である。その単純な構造、驚異的なタフネスによって陸軍に採用され、アメリカ軍の世界展開とともに、世界的名声を獲得した車種である。

ジープはクライスラーの売り上げに貢献し、またそのオフロード技術を活かし、SUVチェロキーが開発されるなど、有形無形の利益をクライスラーにもたらし、SUVなどライトトラック部門は売り上げの過半数を占めるまでに成長する。

94年には攻勢の手を緩めない日本車にたいし、そのコンセプトを真似した「ネオン」を発売して対抗する。

しかしクライスラーの疾病は、そのようにコンセプトをいじることではどうにもならないほど、進行していたのである。


ビッグ3が共通して抱えていた問題は、QCだった。

QCという概念自体は、大量生産方式を確立したアメリカ社会が生み出したものだったが、それはゆるいアメリカ社会にとっては「あだ花」のようなものだった。

アメリカでは手紙を出すと、100通に2,3通は届かないと言われている。アメリカ製の机を買うと、足の高さが揃わないことも、まれではない。

一般に単一的民族社会では物事に細かくなり、多民族社会ではゆるくなる、と傾向があるようにおもう。日本やドイツは前者の、そして中国やアメリカは後者の好例であり、前者は職人に、後者は商人に向いている。

そのような社会で造られた機械は、どうしても雑で、故障しやすく、燃費もあまりいいものではない。当初はアメリカ人もそれが当たり前と思っていたが、そうでない日本車、ドイツ車に触れる機会が増えると、その欠点に気づくようになる。

だが気づいたところで、行動というものはなかなか変えられるものではない。危機に瀕したときはさすがに「ネオン」のような日本的コンセプトの車を開発するが、すぐに政府による救済策が講じられて危機を脱するため、なかなか抜本的改革には至らない。


その中でクライスラーは次第にシェアを低下させ、ついに98年、ダイムラー社に吸収されてしまう。

しかし小型車への転換はなかなか進まず、21世紀に入ると景気後退と原油高のダブルパンチに見舞われる。ビッグ3の中でも優良ブランドが少なく、ライトトラックへの依存度が高かったクライスラーは特に苦境の度合いがいちじるしかった。

そして金融危機の荒波をもろに受け、09年には倒産してしまう。クライスラー誕生から、84年後のことである。

クライスラーは連邦倒産法の適用をうけ、従業員、イタリアのフィアット社、アメリカ・カナダ両政府の持ち株会社として経営再建に取り組むこととなったが、ジープやダッジ以外に優良ブランドがない当社の再出発は困難が予想されている。

コメントの投稿

非公開コメント

ブログ内検索
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。