スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クライスラー・レクイエム2

前回はこちら


しかし70年後、レースは再開される。サブプライムローンに代表される金融革命は、アメリカばかりでなく全世界に未曾有の好景気をもたらす。

アメリカの輸出に沸くマレーシアでは、98年、452mのペトロナスツインタワーが建てられ、エンパイア・ステートビル、シアーズタワーを破って、世界一のビルとなる。

だがその栄光も長くは続かなかった。

6年後の2004年には、半導体基地として高度成長を遂げた台湾に「台北101」が完成。509mの高さで王座についた。

しかし折からの原油高で好景気に沸くドバイでは、07年にブルジュ・ドバイがこれを追い越す。高さは実に800mを超え、台北101の栄光は3年でしかなかった。

これに対抗してクウェートや中国ではさらなる高層ビルが計画されたが、歴史は繰り返す。金融危機が訪れ、計画は霧散。このブルジュ・ドバイの天下が、しばらくは続きそうだ。(世界経済が元にもどっても、果たしてドバイにそれほどのオフィス需要があるかどうかは疑問だが・・・)


とまれ、1汽車工から、マンハッタンに世界一のビルを建てるまでに成り上がったクライスラーは、一躍、時の人となる。

当時の自動車産業は、少し前のIT産業にも似ており、ビルゲイツよろしく、そのトップは莫大な利益を得ていたことが窺える。

クライスラー社の特徴は、その技術力にあった。

技術者であったビュイック、クライスラーの伝統を受け継いで、クライスラー社はフォード、GMに先駆けてつぎつぎと新機軸を盛り込んだ。

特に34年に発表された「Airflow」は、当時、普及しはじめた航空機の流線型スタイルを取り入れた画期的なモデルであり、初めて空気力学にもとづいた空洞実験を行ったモデルとしても有名である。

ところが時代は大恐慌の真っ只中で、アメリカ人は保守化しており、このような斬新なスタイルを好まず、Airflowはほとんど売れず、「失敗作」として終わる。現在では当たり前のように定着した空力モデルも、草創期にはこのような苦労があったのである。


次回はこちら

コメントの投稿

非公開コメント

ブログ内検索
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。