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パンプキン・シザーズ11

Pumpkin Scissors 11 (11) (KCデラックス)Pumpkin Scissors 11 (11) (KCデラックス)
(2009/04/17)
岩永 亮太郎

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前回はこちら


いつもは半年、時には5ヶ月ごとに新刊が出る「パンプキン・シザーズ」だが、今回は休載がはさまれて、7ヶ月となった。

作画も全体的に荒く(まあ、もともと画がうまい人ではないのだが)、この度は物語の展開がとみに遅かった。哲学的な問題に踏み込み、考えすぎてドツボにはまってしまったようだ。

前々から愛や命、社会不正や正義といったヘビーな問題を扱うことで名を馳せていた本作だが、この「0番地区編」では、「生の意義」という超ヘビー級の問題にぶちあたってしまう。

戦災復興を任務とする陸情三課に対し、復興とはなにか、いつになれば復興が終わるのか、と問うロンダリオに対し、三課の副長たるアリス少尉はうまく答えられない。

如才ない人なら、「復興が終わるのは生活インフラが整ったとき」「幸せになったとき」、とでも答えればいいのだろうが、結構直情的な少尉はそのような返事には満足できない。インフラが整っても、生きる気力が湧かないカルッセルのような都市もあるし、「幸せ」なんていうのは一義的に国家があたえられるものでもない、と思い悩む。


しかしスラム街で生きる孤児らと生活をともにするうちに、アリスなりの答えを掴むにいたる。

その答えとは、「戦災復興とは、人を再び戦えるようにすること」。

「戦う」という語句が曖昧なので、かなりアバウトな返答だが、筆者の意味するところ、「人はつねに勉学や恋愛といった人生上の戦いを戦っているが、戦災はそのような戦いを実行不可能にする。戦災復興とは、そのような戦災による障害を取り除け、再び人を自らの戦いに立ち向かわせること」

この考え自体は、ソーシャルワーカーの理論を流用したものだろう。それによれば、ソーシャルワーキングとは人を教え導くものではなく、その人自身の生活がうまく機能するように手助けするもの。人生の意義は人それぞれだから、一介の人間や国家機関が教条的にそれを指導することはできない。できるのは、その意義に向かうことをヘルプするのみ、ということだ。

まあ、言われてみればそうだし、実際そうする以上にないのだが、やや消化不良な感は否めない。

このような冒険活劇については、も少し人生の目的的なモデルをいくつか提示し、その上でキャラクターを動かして成功・失敗を繰り返させて、人生の意味を考えさせるほうが読了感がある。

その意味で11巻は、結論を急ぎすぎたようにおもう。人生の意義など、20巻目、30巻目でようやくほの見え出したぐらいで丁度いいのだ。まあ「ガラスの仮面」まで行くと行きすぎだが。

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