「ナショナリズムという迷宮」、佐藤優・魚住昭、朝日新聞社、06年。
佐藤、魚住、共に独特の容貌を持つ著作家で、特に佐藤は裁判中ということもあってか、ヤ○ザまがいの眼光の鋭さをもつ。
佐藤はロシア・東欧方面の外交官として活躍したが、活躍の余り収賄や資金流用の罪に問われ、起訴された。
しかし「ラスプーチン」の怪名を持つこの男のこと、躓いてもタダでは起きず、この起訴を「国家の罠」とする著書を発表し、華々しく文壇に登場した。
一方の魚住は司法・政治をフィールドとする著述家であり、その二人が小泉政権のナショナリズム等をテーマに語り合うという前宣伝バッチリな本だが、感想としては、正直、余り面白いとは思わなかった。
小泉は国民への優しさが欠けるのでファッショ化しない、という指摘は自分の考えと同じだが、取り立てて目新しい見方でもない。(ちなみに安倍にはその優しさがあったが、優柔不断に流れて自滅。政治というものは難しいものだ)
確かに政治から文学、宗教に至る佐藤の博識は煌びやかなものだが、帯文句にある「知的刺激に満ちた世界!」のほどの刺激は得られなかった。
たぶんそれは佐藤・魚住共に古い思想に拘り続けていることに起因しているのだろう。丸山、マルクス、共産主義、貨幣批判、いずれも21世紀においては力を失った小道具を、こねくり回して「知」としているのだから。