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花のフィレンツェ~遠近法

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立体を平面に移す。

これは想像より遥かに大変な作業で、人類は数千年もの間、その技法を模索し続けていた。

今でこそ遠近法がその目的に使われているが、それが未開発だった時代においては、彫刻は良いとしても、絵画は稚拙なものになってしまっていた。

今でも子供の描く人物画は、顔を正面に向ける一方で身体は横を向けるなど、奇妙なねじれ具合を示すが、古代エジプトの壁画も、そのような構図をもっていた。

egypt.jpg

彼らにとっては絵画とは、見たままを表すというより、印象に残った部分を繋ぎ合わせたものであって、正面から見た部分が印象深ければ正面を描写し、側面から見て感慨深ければ側面を、という具合に、さまざまな観点から対象を観察し、それらを総合したわけである。

(このような描写法は20世紀に、キュービズムとして復活を遂げることになる)

このやり方を風景に応用すると、遠くのものでも、それが興味をひくものであれば大きく、近くのものでも無関心なものなら小さく、まるで心理距離をあらわすかのような、非現実的な縮尺で、事物が描かれることになる。中世の絵地図などは、まさにその典型である。




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古代ギリシャ人には、そのような描写法を不満に思って、改革を試みようとした人もいるが、それは散発的なもので、体系だって遠近法を研究しはじめたのは、やはりルネサンス人である。

チマブエにおいては、玉座を斜めから描いたり、見え隠れ(奥の事物ほど、隠される部分が多くなる)を利用して遠近を表現していたが、弟子のジョットになると、線画に基づいた透視図法を利用するようになる。

ただそれはたぶんに即興的、独自的なものであり、幾何学的な理論の裏づけをもった透視図法が展開されるには、建築家ブルネレスキを待たねばならなかった。

ブルネレスキは幾何学者で地図学者でもあったトスカネリと親交があり、彼との交友のなかで、幾何学と建築学を融合させ、透視図法をおもいついたらしい。

透視図の原理は、画面に一点をおき、そこを焦点として、放射線をひく。その線を二本以上沿って事物を描くと、近くのものは大きく、遠くのものは小さく描かれ、遠近感が出てくる。この透視図にかんする幾何学を「射影幾何学」という。

射影幾何学は、現実のものを、どれぐらいに縮めて描けばいいかは、縮尺を用いて3次元の風景を二次元に落とす地図幾何学と似たところがあり、両者は双方に影響しあって成長していく。先のトスカネリも、双方を研究していたわけである。


ブルネレスキは15世紀フィレンツェを代表する大建築家であり、彼に影響をうけて、多くの画家が透視図法を自分の絵のなかにとりこんだ。中でもマザッチオは巧みであり、以後の近代絵画の方向性を決定付けた。

とくにルネサンスにおいては、ダヴィンチが遠近法を多用したことで知られる。ダヴィンチの「最後の晩餐」では、画像中央にむかって、スペクタルな透視図法がつかわれている。鑑賞者の眼は、自然に中央のキリストに向かうという仕掛けだ。

17世紀には透視図法はヨーロッパ各地に広がり、レンブラントやフェルメールなど、当時の画家にとっては常識とも言える手法とまで流布することになる。

その傾向は19世紀まで続くが、19世紀には、遠近法を大きく変える発明がなされた。カメラである。

小箱に穴を開け、その穴にレンズをはめ込んで風景をスクリーンに映し出す装置「カメラ・オブスキュラ」は、ふるくから知られ、ダヴィンチもその研究をおこなっていた。遠近法の確立には、この装置の影響もあったとかんがえられている。

19世紀になると、フィルムが発明され、記録を残す装置「カメラ」として普及がはじまるが、これは画家にとっては大きな打撃であった。

というのは、当時の画家は風景画や肖像画を描き、記録に残すことで、生計を立てていたからである。芸術家というより、記録者としての役割が大きかったのだが、その役割がカメラに奪われてしまい、画家としての存在意義を問われてしまったのである。

それに応えるかたちで、印象派が登場することになる。


セザンヌ、モネに代表される画家らは、現実を正確にキャンバスに写すのではなく、自分の心に映った印象を描く方向に、絵画の活路をみいだした。

それでもまだ初期印象派は伝統的な透視図法を、無意識的に利用しているが、ゴッホ、ゴーギャンら後期印象派になると、その枠組みは崩れる。

ゴッホの「星月夜」では遠くの月がありえないほど巨大に絵が狩れ、ゴーギャンの「『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」になると、最早中世絵画に戻ったかのように、実際の遠近関係のかわりに、心理上の遠近関係が描写される。

さらに20世紀になると、遠近法そのものを否定するキュービズムが生まれる。


ブルネレスキにはじまるルネサンス遠近法は、一点(あるいは一線)から対象を観察し、描くものであった。たとえばサイコロを描くさい、一点から見る以上、多くてもせいぜい3面までしか、描くことはできない。残りの3面は、後ろに隠れてしまう。

この残り3面をも捉えようとしたのが、キュービズムである。

キュービズム(cubism)は直訳すれば「立体主義」であり、立体を平面化するのではなく、立体のまま、とらえようとしたのである。具体的には、一枚の画面のなかに、様々な角度から見た像がかき込まれる。

たとえばピカソの「泣く女」では、正面から見た顔と、横から見た顔がミックスされており、現代絵画というより、むしろエジプトの壁画に似た印象さえある。

さすがに人知を超越したこの画法は長続きせず、抽象画やシュールレアリスムなどに運動は吸収されていくが、芸術のみならず、学問に与えた影響は大きく、現象学の成立にも関与した。

(立方体があって、それを一点から眺めているという透視図法的な従来の考えから脱却し、「立方体」とは、様々な平面図を人間が脳内で「立方体」として再構成している現象である、と考えたのが現象学)

抽象画やそれに類した絵画になると、もはや遠近法は完全に無視され、シャガール「夢」やピカソ「ゲルニカ」のような幻想的な心象風景が広がるのみになるのである。




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テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

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