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青山墓地

「人間到る処、青山あり」

これは幕末の僧侶、釈月性が書いた詩の一節。漢詩なので、「青山」はセイザンと読み、草木茂る青々とした山の描写だが、ここでは墓地の意味である。

「世の中、どんな場所でも、墓地にするような緑豊かな山があるのだから、躊躇せずに故郷を出て、広い世界で活躍せよ」、というのが、全体の意。

釈月性は尊王の詩を多くものし、維新の志士たちは、それをこぞって口ずさんだため、維新以後、この詩は日本中に流布するようになった。

そのため東京・青山墓地の語源を、この漢詩の「青山」と誤解する人がいるが、それは誤り。青山墓地は、譜代大名・青山家にちなんでいる。

江戸時代、この場所に青山家の屋敷があったのだが、明治以後は、公共墓地として整備されたので、この名前が付けられたのである。

もっとも青山家の土地が墓地となったのには、冒頭の漢詩が全く無関係とは言えないだろう。東京の市政を担ったのは維新に関わった人々であり、彼らが月性の詩を知らなかったとは考えにくいからである。


青山霊園は雑司が谷霊園と同じく、都心部にある霊園だが、雑司が谷と違って、明るいイメージがある。これは、やはり青山という一等地のもたらすイメージに由来するものだろう。

六本木、赤坂、表参道に囲まれたこのエリアは、一等地でありながら緑地が多く、都心にしては長閑な風景が広がる。このギャップを気に入ったのが、佐々木倫子。

彼女は、この青山霊園を「Heaven?」の舞台とし、霊園の真っ只中に開業したフランス料理店「ロワン・ディシー(この世の果て)」の奮闘をえがいた。

作品では、霊園で花見する豪儀な人たち、女主人にいたぶられながらも、それを楽しみとしているかのような鱸(マゾ)石材店、ロワン・ディシーが間借りする霊園事務所「やすらぎ会館」などなどが登場するが、これらは全て実在するw。

最初見たときは驚いたが、墓石の下で酒盛りを交わす人が、存在するのである。それも一人や二人でない。数十、数百もの人々が、死体の上で花見をしている姿は圧巻。

メキシコには「死者の祭り」というのがあり、死者と生者がともに楽しむのだが、この姿を見ると、メキシコ人と日本人は、ルーツが同じなようにおもえてしまう。


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NO TITLE

おお、カラベラ祭りですね。
ただ印象ですが、日本のは生者と死者が「和気あいあい」なのに対してメキシコのは破滅的な明るさであるような気がします。

NO TITLE

破滅的な明るさか・・・破滅的かどうかはともかく、明るさはありますね。LAで体験したことがありますが、破滅的というか、刹那的な感じがしました。今日を楽しめ、memento moriの影響があるのかも。
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