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見果てぬ(はるな)愛

長らく、「はるな愛」を女性だとおもっていた。

正確には、女性だろうが男性だろうが、どうでもいい泡沫タレントだとおもっていたのだが、先日の金スマで、彼女の壮絶な女性化手術をみて、おもしろいタレントと見直すようになった。

うかうかと(それを目論んだ)ディレクターや、芸能プロダクションに乗せられた気がするので、あまりいい心持ちではないがw、これだけ壮絶だと、何か芸術的、スポーツ的なものすらかんじられる。

彼女が整形などの女性化治療にかけた費用は6千万円。楽に家が一軒建つ金額だ。もちろんその金額が真実かどうか分からないが、男性が女性になるには、少なからぬ努力と金銭が必要だったことは事実だろう。

それは映画監督が見果てぬ夢を追いかけて作品に大金をつぎ込んだり、野球選手が理想の体力を求めて手術を繰り返したりするのと似ていて、ある種の執念と根性をおもわせる。

通常、夢は手に届かぬもの、眼に見えないものが多い。また手に入れてもすぐに飽きてしまう、つまらないものでもある。

しかし彼女の夢は自らの肉体にあり、日々手に届く、具体的なものである。そしてそれは毎日変化し、決してその持ち主を飽きさせない。

そのような存在に人生の目的を見出した彼女は-幸せなのだろう。苦難を経て安定期に達した彼女のどっしりした存在は、往年の大女優にも似た安定感すらかんじさせる。


その一方、不安定さをかんじさせるのが、インタビュー役のベッキーだった。

最近ではTVでベッキーを見ない日の方が少ないぐらい、出ずっぱりで、本人も「テレビがだいすき」「日常生活にテレビをもちこんで24時間バラエティ放送したい」などと発言し、周囲もそれを「タレントの鑑」として誉めそやしているが、ちょっとまて。

横から見ると、それは単に「バラエティ番組に洗脳された小娘」にしか見えない。

自分の意見や考えを持たず、テレビ局が利用しやすい、視聴率を稼げるタレントは、人間というより「家畜」に近いものがある。

バラエティにすり潰されて眼の下にクマを作っている彼女を眼にすると、その思いがつよくなる。

実際、それほどテレビに尽くしても、売れなくなれば、あっさりと切られるだけで、ベッキーの前任者たる、優香だの加藤紀子だの観月ありさだの、トコロテン式に、「若ければOK」とばかりに押し出してくる日本の芸能界にも問題がある。

その裏には女子高生を頂点とした、日本独特のセクシャル・ピラミッド構造があり、アニメなども高校生を舞台にすることが多いのだが、この不思議な現象の分析は、また後日w。

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