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フキゲンな落書き

奈良美智が逮捕されたそうな。

と言っても大麻やコカインではなく、罪名は「落書き」。NYの地下鉄で「友人の似顔絵」を落書きしているところを、警官に見つかって逮捕されたのだという。

それに対し、本人は「似顔絵ではなく、小さな顔の絵」と見当違いな反論をしているが、落書き行為そのものは認めている。

もっとも、ここではこのイラストレーターの「世間知らず」「不道徳」を批判したいわけでない。この類の蛮行は、むしろアーティストにとっては「武勇伝」。これで奈良美智も晴れて、いっぱしの「芸術家」として認められた風さえある。

ここでカタりたいのは、彼の立ち位置について、だ。


元々、日本では、彼のファンはそれほど多くなかった。彼が認められるようになったのは、アメリカのMOMA(Museum Of Modern Art) などで展示されてからである。

アメリカの美術館では、エスニック的公正さを大事にする。欧米系だけで展示場を埋め尽くすと、他民族から抗議がなされるからだ。そこでほぼ必ず、アフリカ系、アジア系芸術家などから作品を持ってくるのだが、日本。

日本の現代アートの最たるものは「アニメ」。ただアニメをそのまま上映したのでは、アートにならない。このヘンからは、現代美術の欺瞞性がちらほら見え隠れするのだが、それはさておき、丁度良いことに、日本アニメを現代美術たらポップアート風に料理した作家がいた。それが奈良美智だったのである。

そこで氏に白羽の矢が立ち、奈良作品は全米を石鹸。やがて日本にも逆輸入され、ちょっとしたブームにもなった。


ただブームが去った後、現在の彼の立ち位置は、「海外で認められたというから買って見たけど、そんなにいいかなあ?」というラインまで撤退したように見える。

不機嫌そうな少女を、マンガのように、ポップアートのように描いた一連の作品は、確かに今までの日本の文脈上にないもので、それなりに新奇なものだったが、慣れてしまえばそれ以上語りかけてくるものがない。

少女作品には、例えば「麗子像」のような、現実とも悪夢ともつかない連作があり、それを見るたび色々としつこいぐらいに語りかけられるのだが、奈良作品にはそのような深み、凄みがない。

もっともポップアートにそのような凄みを求めるのはお門違いと意見もある。ポップアートは鑑賞するのではなく、イラストのようにただ消費すれば良いのだ、という主張もある。

ただ良質のイラストには、見た後に残る「何か」がある。それは古典芸術のような、ゴツゴツしたものではないけれども、わたしたちはを振り向かせる「何か」がある。

そして、奈良作品にはその「何か」が、決定的に不足しているのである。

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