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クリーニング屋衰退期

実家は商店街の中にあるのだが、そこを通るたび、「なぜこんなにクリーニング屋が多いのだろう」と思う。
駅から実家に着くまでの間、数えてみると、6軒もある。近頃廃業したのを併せると、実に8軒にもなる。

この商店街の人口規模は、せいぜいが数千人で、とても8軒も必要とは思えない。2、3軒あれば十分といったところで、残った6軒の競争は、激しいものがある。

クーポン券、会員券、会員割引、ポイント制度、色々な手段を講じて顧客の囲い込みに必死だ。

その分、サービス内容は明らかに劣化している。以前なら無料でやってくれた染み抜きやボタン付けは有料になるし、洗い自体もどことなく不十分だ。

これなら自分で洗った方が綺麗・・・そう、自分で洗えるようになったから、クリーニング屋は斜陽産業になったのである。



去年、洗濯機を買って驚いたのだが、現在の洗濯機はかつては洗うことができなかったものを、色々洗うことができる。

ワイシャツ、コートから、マット、羽毛ものだって、(表示には洗濯機使用不可とあるが)洗える時代になったのである。これではクリーニング屋が失業しないわけがない。

花粉症やアトビーが流行する現代では、布団はコマメに洗うのが良いとされる。そのため家庭用洗濯機で手軽に洗える、薄い布団も増えてきた。

またかつては、この商店街にも子供らが満ち溢れ、活気を帯びていた時代もあったのだが、子供らは成人するとこの町を離れ、麻痺には高齢者ばかりが目立つようになった。

その中でクリーニング業に固執するのは、最早時代遅れなのだが、当人にしてみれば長年培ってきたノウハウ、人間関係、設備投資などを解消し、ゼロから再スタートするのには踏み切れないのだろう。

しかしこのまま行っても、ジリ貧になるのは眼に見えている。生き残れるのは2,3軒のみで、後は早晩廃業においやられる。撤退するなら早い方がいい。さもないと、、破滅的な最期が待ち受けることになる。



もっとも、考えてみると、クリーニングだけでなく、一般に日本社会は、決定速度が遅い。バブルでは処理までに10年もの歳月ををかけているし、先の戦争に至っては終結までに16年を要した。

元々農耕民族だから決断力がない、という説もあるが、アメリカでもイギリスでも、近代初期や中世では農耕が最大の産業だったのだから、その説には余り説得力がない。

むしろ英米ではその後、商業が盛んとなり、機を見るに敏なビジネスマインドが重視されたのに対し、後発国だった日本では中央支配が強く、何をするにも上からの支持を仰ぐ態度が良しとされた、という違いにあると見たほうが真実なのだろう。

日本が次第に地盤沈下しつつあるのも、元を正せばその辺りに一因があると思う。

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