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湯湯婆2

湯たんぽが日本に伝えられたのは、室町の頃。当初は陶器製であった。

その後、室町から江戸にかけてから大衆化していくが、その背景のひとつは、先に述べたように陶器の改良、もうひとつは「綿」の普及があったらしい。

室町以前には木綿は伝来されておらず、代わりに麻が防寒具に使われていた。麻布団では湯たんぽの上にかけても、熱が逃げてしまう。

一方、綿で作った布団で湯たんぽをくるむと、熱が逃げず、一晩中暖かい。そんなわけで、綿が広まった江戸時代以後、湯たんぽはポピュラーなものになる。


やがて明治から大将時代になると、金属製の湯たんぽが登場する。銅やアルミ、真鍮、高価なものでは銀製の湯たんぽまであったという。

これは大正時代に新しい鋳物技術(die casting)が伝えられ、安価で大量に金属器を鋳造することができるようになったからと思われる。

それまでにも鋳物はあるにはあったが、もろい砂や石膏で型を作るため、一回きりしか鋳造できず、大量生産には向かなかった。しかしダイキャスト法は金属製金型を利用して、繰り返し鋳造するため、大量生産が可能となったのである。

この手法のおかげで初めてエンジン部品などの大量生産が可能となり、自動車産業や航空機産業が可能となったのだが、日本でも金属加工業が盛んになり、その余勢を駆って、バケツや玩具の金属化が行われ、湯たんぽにもその波が押し寄せたわけである。


金属湯たんぽは軽く、割れないという利点がある反面、歪みやすいという欠点があった。そこで表面にひだを入れ、ゆがみにくくしたものが考案され、普及していった。ひだがあるおかげで熱も放散しやすいという副効果もあった。

湯たんぽ、というと昭和生まれの人は、大体、銀色に光る金属製容器を思い浮かべると思うが、それはそんな時代に創出されたものである。

戦後になると、石油化学工業が日本の基幹産業のひとつとして、育ちはじめる。それを受けて、ゴム製、プラスチック製の湯たんぽが作られるようになるが、ファンヒーター、エアコンの普及を受けて、昭和の終わりには廃れてしまったのである。


そんな湯たんぽが復活し出すのは21世紀に入ってから。燃料費はお湯代だけ、というコストパフォーマンスの良さが、経済的に疲弊した日本社会に再アピールした。

昭和レトロやエコという流行の追い風も無視できない。

実際、使ってみると、お湯を注ぐだけ、というだけで、手軽に暖をとることができる。人間、足元が暖まるだけで、結構しのげるもの。ストーブを使わずに湯たんぽで冬をすごす人もいる。

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湯たんぽって、今まで一度も使ったことがありません。
だけど良さそうですね。
パソコンやってる時に足元が冷えるので、ひとつ買ってみようかな~。

まあ、えらそうに書きましたがw、実は湯たんぽは自分も初体験です。すが、父がこないだ買い求めたのを借用すると、意外に暖かくて心地よいので、すっかりファンになりました。

今打っているパソコンの下でも活躍中ですw。

 NHKの『まちかど情報室』でやっていたけれど、今は湯たんぽのお水を入れ替えなくてもすむ商品があるらしいよ。10分充電するだけでまた温かくなるらしい。
 毎晩2つの湯たんぽのお水を変えるのって毎日だと案外面倒。それに結構お湯を使うから、ポットがすぐ空になります。だからお水を入れ替えなくてもいいのは便利だと思いました。買う前に知りたかったよ。トホホ…。

そういえば、西友でも売ってましたね、取替え不必要なタイプは。今度事務所用に、一つ買ってみまする。

湯たんぽ一つで1リットルぐらいお湯を使うので、確かに二つだと、すぐにポットがなくなりますね。何気にポットって、口の奥行きが短いので、湯たんぽ口に注ぎ込みづらいし。
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