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湯湯婆

めっきり寒くなった。

子供のとき、小学校では石炭ストーブを使っていた。俗に言う「達磨ストーブ」で、その達磨の頭で蜜柑や雑巾を焼いて楽しんだものだが、毎朝の石炭運びが重く、寒く、大変な上、燃料をくべたり、燃えカスを処理したりするのも厄介な仕事だった。

石炭ストーブは中毒者や塵灰が出たりして下火になり、かわって石油ストーブが出回るようになった。石油ショックを経てもなお、灯油はガスや伝奇に比べて安く、庶民的な暖房器具であったことに加え、廃棄物を処理しなくてもいいというメリットもあった。

ところが石油は液体で、扱いが難しい。

当時のストーブは自動着火でなく、自分でマッチを擦って火をつける方式になっていたが、これが危険であった。火が灯油のついた服に燃え移って公どを負った人もいれば、床にこぼした灯油に火がついてボヤ騒ぎとなった人も少なからずいた(-自分もその一人だが)。

そんなこんなで石油ストーブは廃れ、自動着火式の石油ファンヒーターが(東京では)主流となっていくのだが、これにも弱点があった。それは給油が必要だという点である。灯油タンクは重い。20キロ近い灯油タンクを抱えてガソリンタンクから帰るのは一苦労であり、その手間を省いたガスヒーター、電気ヒーターが普及していくことになる。

ガスと電気では、空気が汚れない分、電気式のほうが優れている。しかし電気ヒーターは効率が悪く、部屋全体を暖めるには適していない。暖めようと思うと、電気代がかかってしょうがない。元々、ガスや石油を燃やして電気に変えているのであり、その分、エネルギーのロスがある。

だがエアコンが普及すると、再び電気に脚光があたるようになった。

エアコンも電気を使用するが、ヒートポンプといって、ヒーターとは違う方式で暖房するため、電力消費は少ない。

ヒーターは、電流が抵抗を通過する際に発生する抵抗熱を使って、部屋を暖めている。一方、エアコンは気化熱を使って外気から熱を吸収し、部屋の中に放出している。無から熱を作り出すのより、あるところから熱を奪って使うのとでは、後者の方が効率的なのは道理である。

気化熱というと仰々しく聞こえるが、要は冷房と同じ原理である。冷房は液体が気化するときに、周囲から熱を奪うのを利用して、部屋を冷やす。暖房は逆に気体を液化させ、その時に熱を放出させることで、部屋を暖める。

この方式の利点は、冷暖房が一つの装置で処理できることで、これもまた、限られたスペースしかない都会の居住空間には適していたと、言えよう。

しかし残念なことに、エアコンは天井近くに置かれる。冷房のときはそれでかまわないが、問題は暖房である。暖気は軽いので、エアコンより上に上ってしまい、天井ばかり暖めてしまうのである。なるほど、扇風機で暖気をかき回して下に降ろすという手段はあるが、あまりうまくは行かないばかりか、下手すると部屋中の埃をかき乱し、アレルゲンを撒き散らしかねない。

そこで登場するのが「湯湯婆」である。


前振りが長くなったがw、「湯湯婆」と書いて、「ゆたんぽ」と読む。なぜ「湯」の字が二つもついているかというと、この単語は日中合作だからである。

湯湯婆の起源は唐にあると、いわれている。陶器、木器などに湯を入れ、睡眠時の暖をとる道具で、「湯が入った妻」=湯婆、とネーミングされた。涼を採る抱き枕「竹夫人」と同じようなものだったらしく、現在日本で使われているものよりも、ずっと大型のものだったようだ。

また竹夫人と同じく、ダッチワイフ的な使われ方もされたことは、想像に難くない。(そもそも人肌だし)

明代には広く中国で使われており、室町時代にそれが日本に伝えられたという。日本では「タンポ」と言っても意味不明なので、頭に「湯」を付けて、「ユタンポ」と命名された。。。というのが通説だそうだが、多少疑問も残る。

日中交流は鎌倉時代にもあったのに、なぜ当時は伝わらなかったのだろうか。

一つの理由としては、当時の陶器は釉薬がかかっておらず、水が漏れてしまうため、湯たんぽのような用途には使えなかったのかもしれない。

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今年の冬の僕は、まさにlepさんが記述した通りの思考経過を辿って最終的に湯たんぽの使用に至っています。暖房の歴史が僕の頭の中でひと巡りしました。

以前はコタツだったので足を突っ込んで厚着していれば結構何とかなったのですが、テーブルの場合は下半身を暖めるには湯たんぽが重宝します。

そー言えば、コタツのことを書くのを忘れてました。コタツの欠点は臭いということもあるけどw、椅子が使えないということですね。和式トイレとともに、廃れていった昭和な道具です。

 >その達磨の頭で蜜柑や雑巾を焼いて楽しんだものだが
 ⇒想像するとワクワクする。楽しそう。学校にストーブはあったけど、石炭は入れないストーブだった気がする。でも、ストーブでイタズラしたよ。あれ何故か楽しいんだよね。火って楽しかった。蜜柑や雑巾は焼かなかったけど、チョークとか、埃とか、そこらへんにある物を手当たり次第焼いた気がする。で、思った以上に火がつくと焦って…笑った。教室中凄く臭くなって…でも、それが楽しかったな。
 今年はうちも湯たんぽ買ったよ。湯たんぽを抱っこしているだけで温かくなるから今年はまだ暖房はつけてないよ。昔の湯たんぽと違ってデザインも可愛いし良いよねv-238

小学校のストーブは、最初石炭で、後に石油に変わったという記憶がありますが、石炭の方が印象深かったですね。手間がかかる分、愛着がわくというか。

後は外から氷(昔の冬は、今より寒かった気がする)を持ってきて、そストーブの上において弾けるのを楽しんだり、その破片が跳ね返って大変だったりw

その当時から湯たんぽはダサイ、というイメージがあったんだけど、今は逆にエコやら昭和ブームやらで、また盛り返してますね。次回は「湯たんぽ2」の記事をお届けしたいと思います。
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