スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

暴言大臣

つくづく、中山成彬という人は、良く分からない人だ。

政治家として思想信念を持つのは結構だが、行きすぎた信念は人を傷つけるばかりか、政治家として自らを機能不全にさせてしまう。そういうことを、この人は理解できてなかったようである。

そもそも国土交通省の長なのに、なぜ執拗に日教組批判を繰り広げるのか、理解しにくい。以前文部科学省大臣だった時にいざこざを抱えたらしいが、担当省が変わった今でも根に持ち続けるのは愚かというか、幼く感じられる。子供の喧嘩か。

また解散総選挙を迎えようかという大事なときに、敵を増やすような言動をするというのも不思議である。これが未経験者ならまだ分かるが、彼は大臣を経験したことがあり、言っていいことと悪いことの区別くらい付きそうなもの。

一説には、小沢一郎がわざと彼にそういうことを言わせた、という。自民党の自爆を誘おうとの目論みで、中山氏を突付いたのだという。まあ考えすぎとは思うが、そう思わせるほど、彼の言動はまとまりがない。



もっとも彼だけの話でなく、自民党の右派議員が大臣になり、暴言失言を繰り広げて自爆する、というケースは過去に多々あり、珍しいことではない。

これだけ多いと、もしかしたら一種のアドバルーン戦術なのかもしれない。わざと右よりの主張を提示し、国民の反応を見たり、宣伝したりしようということだが、しかし本当に宣伝したければ、大臣の職を堅持し、裏で手を回して操作した方がよほど有効だろう。

中山氏などの暴言大臣を観察していると、彼らは地震満々に、あるいは何気なく失言を繰り返していることが窺える。言葉の端端に、差別感情というか、行政諸機関の長として不適当な思想を抱いていることが窺える。

曰く「日本は単一民族」、曰く「南京は存在しなかった」、曰く「成田闘争はごね得だ」・・・

そういう発想がポロッと出てくるのは、彼らがそういう発想が日常的な生活をしているからだろう。毎日同じ人々と顔を突き合わせ、彼らの思想に喜んで賛同する支持者らとばかり付き合い、批判的な輩は敵視し、徹底的に弾圧を加えるようとする。

そういう政党というよりは、政治結社的な存在に、自民党が変質してしまったことが、真の問題のように思えてならない。
スポンサーサイト

テーマ : 政治・時事問題
ジャンル : 政治・経済

秀吉・耳塚・四百年

日本が拉致拉致と騒ぎ立てる割には、韓国や北朝鮮が相手にしないのは、ひとつにはこの本に述べるような過去を、コリアン側は知っているからである。

朝鮮の役。日本では教科書で半ページほどの記述しかなく、侵略したという概念すら乏しいが、「足を踏まれた側」の教科書では色々恨みつらみが書き連ねてある。

たとえば「耳塚」。日本ではほとんど「耳」にしない言葉だが、これは日本軍が殺した朝鮮人の耳を削ぎ、本国へ送付したもの。韓国では日本人の残虐性を物語るエピソードとして、時々出てくる歴史用語である。

なぜ耳を取ったかというと、最初は首を取っていた。日本軍は首をもって、褒賞としていたからである。戦争の後、首は塩漬けにされて、大将の「首実検」を受けた後、褒賞の沙汰が下された。しかし海を越えて首を送るのは大変だということで、首の代わりに鼻を、そして後には耳をとることになったと言う。

しかし耳や花を取られても死には至らないため、それを差し出す代わりに命を助けてもらった朝鮮人の話などが残っている。



さてこの本は朝鮮側からみた朝鮮の役で、朝鮮各地で義兵(民兵)が組織され、日本軍に立ち向かったことが事細かに書かれている。

当時、朝鮮王朝では内紛が盛んで、軍隊は腐敗していた。そして政府に絶望した民衆の中には、日本の統治に期待したものもいたという。これらのことが、日本軍の快進撃を助ける一因となったのである。

しかし日本軍は最初からロジスティックが悪いうえ、戦争後期には朝鮮水軍によって制海権を奪われたため、食料の現地調達が多く、その手段は処刑や虐殺を含む強引だった。そしてこれが庶民の反感を招いたのである。

義兵は官軍と合流し、さらには明軍も救援に駆けつけると、その頃には兵員が減耗していた日本軍は太刀打ちできず、撤退を余儀なくされ、休戦が成立した。

だが陸戦では新式銃、日本刀で装備し、勇猛果敢で戦術に長けた日本軍が圧倒的に強く、秀吉は再戦の機会を窺っていた。休戦は単なる兵員補充、物資補給の時間稼ぎであった。

4年後、戦争は再開されたが、今度は朝鮮側も戦争に慣れていたため、日本軍は苦戦を強いられた。また勝ったところで後ろには大国・明が控えており、とても秀吉の望む、大陸制覇はかなえられそうもなく、武将の間では厭戦ムードが高まっていた。

結局、秀吉の死でウヤムヤのうちに戦争は終結し、日朝関係の修復は、次の徳川政権の手にゆだねられることになる。



日本軍は6年にわたる戦乱で、日本軍は数多くの残虐行為を行ったが、それに対する反日感情が、今なお韓国には根強い。いわば朝鮮の役は、反日感情のルーツなのである。

それに対して無視、曲解を行い、「日本軍だけでなく朝鮮軍も略奪を行った」「日本軍のおかげで朝鮮に唐辛子がもたらされた」などと自慰にふける向きもあれば、この本に参加した日本人研究者のように、韓国サイドから反省すべしという人もいる。

どちらにしろ、学問にイデオロギーを持ち込むべきではなく、歴史学は歴史学として分析を進めていった砲がいいように思う。ただそれは山間に篭って学問に耽る意味でなく、研究の成果を社会に還元し、修正主義の横暴には堂々と立ち向かうべきということも意味するのだが。

秀吉・耳塚・四百年―豊臣政権の朝鮮侵略と朝鮮人民の闘い秀吉・耳塚・四百年―豊臣政権の朝鮮侵略と朝鮮人民の闘い
(1998/09)
金 洪圭

商品詳細を見る
ブログ内検索
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。