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播磨屋フリーカフェ

銀座でフリーカフェがあるとの情報を入手。築地帰りに、早速寄って見る。

送ってもらったメールには、銀座駅B1出口、と書いてあるのだが、いくら探しても存在しない。電話したところ、三原通りにあることが判明。

和光から歌舞伎座に向かって歩くと、すぐに場所が分かった。何しろ店員が案内プラカードもって立っているのだから。それも一人でなく、二人、三人といるので、もう大名気分・・・と言いたいところだが、カネは払ってないので、こそばゆい気持ちになる。

カフェはビル2室ほどの広さなのだが、入り口近くはカネを払う客用の席なので、タダ客は奥に進んでドリンクを取らなければならない。案内類がほとんどないので、どう動けばいいか分かりづらい。

奥の一室ほどのスペースには、処狭しとちっしゃな椅子が香港ビルのように並べられている。そこに押し込められておかきを食すので、気分はブロイラー。しかも後ろでは、次の客がおかきを手に待っており、のんびりと食してもいられない。

タダだからカネはかけられない、という趣旨は分かるのだが、も少しなんとかならなんのだろうか。時間制にするとか、整理券制にするとか。

もっとも、おかきは流石においしい。専門店だけはある。


播磨屋。

名前から分かるように、もともと兵庫県の企業である。創業は1860年というから、江戸時代になる。当初は油屋として出発。戦後は菓子メーカーに転進。のちに煎餅・おかき製造に特化した。

いつ見ても客が全くいない煎餅屋をみかけることがあるが、それはその煎餅屋がメーカーとしてスーパーなどに卸しているためだ。煎餅屋など、和菓子店は上下関係が厳しく、流通関係が固定化されているという問題があった。

そこに搾取を嗅ぎ取った社長は1985年、直販方式に転換。直営店と通信販売を柱として急成長を遂げた。

そして利益還元、若年宋に煎餅・おかきをアピールしようと、全国にフリーカフェを展開した、というのが「表」の理由である。


裏の理由とは、「宗教宣伝」である。

功成し遂げた経営者は往々にして宗教に走ることがあるが、播磨屋助次郎もその例に漏れず、「エコ教」を始めたのである。

助次郎は、環境破壊の原因は、人間同士の無意味な競争にある、と糾弾する。農耕によって階級が生まれ、現代まで続く生存競争が始まった、という彼の考察には「マルクス臭」が感じられる。

もっとも1948年生まれの助次郎は丁度、マルクス全盛時代に青春を過ごしたわけで、マルクスの影響があるのは当然といえよう。

そしてその競争こそが不幸をもたらしているのであり、幸福に到る道は、「美しい自然の営みを愛で楽しみ・・・自然ともども仲睦まじく和やかに暮らすことである。」という自然主義を唱える。

まあこのようなマルキシズムから自然主義への転向は、たとえば宮崎駿などに見られる日本的なもので、それ自体は批判される謂れはないが、社長の主張には2点、難点がある。


一つは、「勝者が競争排除を謳う」、という矛盾だ。そもそもフリーカフェを設置したり、そこで自分の思想を喧伝できたりするのは、播磨屋が熾烈な競争を勝ち抜いた勝者だからだ。競争から利益をえている人が、競争排除を訴えても説得力がない。

それでも競争禁止を言うのなら、自ら率先して商売を投げ捨て、山中にでも篭るべきだろう。

次に、播磨屋は自分の思想を「科学原理」だと主張している点にも、問題がある。理系出身の人に多い誤りなのだが(播磨屋助次郎は、船舶工学科出身)、思想や宗教は科学ではない。科学は実験でその正しさを証明できるが、思想・宗教は実験できないからである。

しかし科学的方法論に慣れた人は、その手法で思想を解体し、再構築する誘惑に駆られがちだ。かつては解剖学者である養老猛がそれを行い、哲学プロパーらの失笑をかった。

しかし理系優位の伝統がある日本では、今なお「脳科学で全てが分かる」式の、理系から文系への「越境攻撃」がさかんである。悲しいことに、播磨屋の社長も、そのワナに囚われたわけである。

もちろん個人がどのような思想を持とうが自由だが、店内でガンガン流されるのは辛い。

ひところ、ブックオフでは「本を棄てるの可哀想」だの、「読んで売って、売って読んで」だの、社内思想を垂れ流す店内放送がエンドレスでかけ続けられ、客足を遠のかせてくれたものだが、播磨屋フリーカフェでも同じエンドレス地獄が再現されている。

客はおかきを食したら曹操に退散できるが、社員はそうもいかない。おかき屋というのも、大変な仕事である。
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テーマ : 関東地域情報(東京 神奈川 埼玉 千葉 茨城 栃木 群馬 山梨)
ジャンル : 地域情報

バイト君登場

仕事が忙しくなったので、従業員を入れることにした。

パソコンの設定やらゴミ棄てやら、面倒なことはぜんぶバイト君にやらせ、楽になろうというコンタンである。

であるのだが、バイト君、まずKY。こちらがしてほしいことは一切してくれず、してほしくないことは率先してやってくれる。その度に、ここでのルールを説明しなければならない。

次に怠ける。ウェブマーケティングを頼んでも、ネットサーフィンして遊んでいる始末。それをたしなめると、ふくれて不機嫌になるので、気を遣うことはなはだしい。

それでも仕事ができればいいのだが、これができない。定型業務は一応できるのだが、自分で考えてやるという仕事はお手上げ。典型的な指示待ち人間で、まあ大手だったらそれでもいいのだろうが、こちらは零細なので、自分で考えてドンドン先に進んでもらわないと、どもならん。

しかも書類処理以外にはほとんど何もできず、ネットの繋げ方からスキャニングまで、およそ何もできない。まあ単なるバイトにあれこれ求めすぎなのは分かるが、検索の仕方まで説明しなければならないのはどうかと。

あれ?楽になろうとして雇ったはずなのに、この忙しさ、イライラはなぜ?

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夏を演出する小道具といえば、やはり氷ですね。

本日ご紹介するのは、ペンギン状の氷をつくる製氷皿ですw。

スペインはルクエ社製の、ひとにも環境にもやさしいゴム製だから、氷をとりだすのも、お手入れもカンタン。

日本ではお目にかかれない、ステキなカラーリング、デザインセンスも、ヨーロッパならではのものです。

・・・・


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テーマ : 素敵な雑貨
ジャンル : 結婚・家庭生活

金を払うほうが偉いのか

いつも思うのだけど、このコラムの筆者は「釣り」がうまい。わざと突っ込まれ所満載の記事を書いて、反論、批判を盛り上げる。自然、宣伝にもなるというわけだが、今回は敢えて釣られるとしようw。

「客だから、金を払うから偉いというのはおかしい。客も店に相応の敬意を示すべきだ」、という筆者の主張はその通りだろう。よく飲食店の店員に横柄な態度をとる客がいるが、みていて見苦しい。

日本では「お客様は神様」という言葉があるせいか、客の言うことは何でも認めるべきだ、という商習慣があるが、本来客も店員も同じ人間。人間同士、互いに尊重せよ、というのには賛成である。

ただし不慣れなことには、人間、度を越えてしまいがち。

フランス料理屋に行くのなら必ずワインを頼め、という店側の常識を、社会全体の常識に押し広げるだけならまだしも、その「常識」を持たぬ人を「客の資格なし」として非難するのは、生き過ぎだろう。

もっとも、そういう「非常識」な店は意外に多い。

日本酒を頼まない客を馬鹿にする寿司屋、店の案内した席に座らないと不愉快になるファミレス、亭主の指定した順番に具を入れなければ食べることが許されないラーメン屋、クーポン券で飲食する客を蛇蝎のように嫌う焼肉店。。。

そういう店には、概して「想像力」や「思いやり」が欠けている。非道な客を非難するというのなら、このような悪質な店をも批判しないと、片手落ちというものだろう。

個人的には、個性的な店はキライではない。画一的なファミレス、カフェが多いなか、独自のスタイルに拘る飲食店は希少価値がある。ただ個性的な店は、往々にしてその個性がワガママになる。そしてそのワガママを客に押し付ける傲慢さがある。

客がモンスターというのなら、店はエンペラーというところか。怪獣VS皇帝。もはや人外魔境の観さえある。

関東上陸

いよいよ、関東上陸。

インフルエンザ禍はとどまることを知らず、患者数は300人に迫り、昨日には関東にまで侵入してきた。被害者は、高校生2人。NYで開かれていたイベントに参加するために渡米し、帰国後、罹患が発覚したという。

二人が通う学校は洗足学園・・・・げ、昨日通ったとこだ、これw。

もっともニュースによれば、生徒は成田空港から直接、八王子と川崎市内の自宅に向かい、そのまま自宅待機となったというから、あぶないのは洗足学園でなく、八王子市と川崎市、および成田から八王子、川崎にむかうルートだろう。

リムジンバスや成田エクスプレスを使ったのなら感染はすくなくなるが、その場合でも川崎にいくには途中でJRか私鉄に乗り換えねばならず、大量感染の可能性はゼロではない。

また自宅待機といっても高校生のこと、家にいられずに街に出たり、友人らと接触することは多いにありえる。そして自宅のある八王子、川崎は、ともに大都市であり、交通の結節点でもある。

大体、4千人もの患者を出しているアメリカに行ったひとは他にも大勢いるはずであり、そのなかには感染をすり抜けた人が皆無と考えるほうが不自然だ。もはや、関東一円への拡大は時間の問題といわれるゆえんである。


もっとも、インフルエンザ・ウィルスは飛沫感染で、口や鼻の粘膜からしか、体内に侵入できない。マスクをするのは口と鼻を保護するため、手洗いするのは手でさわった飛沫を顔にもっていくのを防ぐためである。

だから端的なはなし、手袋をして、顔面をフルヘルメットで覆ってしまえば、艦船は0になる。

ヨーロッパ中世では、黒死病をふせぐために鳥型のマスクをしたというが、あながち無意味でもなかったわけである。


タミフルと八角

数年前のSARS禍では、5千人の被害者をだした中国が、今回の新インフルエンザ騒ぎでは、ほんの数人の病人しか出していない。中国の劣悪な衛生状況をかんがえると、これは驚くべきことである。

もちろん人民政府の隠蔽工作、封じ込め工作があるのかもしれないが、WHOの査察が入る以上、いつまでも隠し通せるわけもない。

じつは、中国でインフルエンザ患者がすくないのは、「漢方」のおかげだ、という説がある。インフルエンザの特効薬とされる「タミフル」の原料は、漢方薬の「八角」なのである。

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角が八つあるから、「八角」。じつに分かりやすいネーミングだが、これは「トウシキミ」という植物の実である。この実には「シキミ酸」がふくまれており、サンフランシスコのバイオベンチャーがこれに眼を付け、そこからタミフルと呼ばれる抗インフルエンザ薬をつくりだした。

サンフランシスコはチャイナタウンで有名だが、彼らは八角料理をつつきながら、タミフルのアイデアをえたのかもしれない。

もっとも、タミフル=八角ではなく、あくまで八角は原料であり、そのまま食べても抗インフルエンザの薬効は期待できないという。

しかし中華料理でも八角はそのまま食べるわけではない。炒めたり、漬けたりするうちに、ふくまれているシキミ酸が変成し、薬効をもつようになるという可能性も、排除しきれないのではないか。

実際、同じく八角を食べる習慣のある台湾では、インフルエンザ患者はゼロ。カレーに加える習慣をもつインドでも、やっと一人確定患者がでたのみ(18日、WHO調べ)。

すでにマスクは買いしめられ、タミフルも品薄な現状では、八角をためしてみるのも一つの自助策だろう。

弱者の理由

こういう仕事なので、いろいろな触手や収入の人々を相手にするが、一般に思われているように、収入が高い人ほど傲慢とはかぎらない。

確かに傲慢で自分勝手なお金持ち、というのもいないことはないが、どちらかというと、それは少数のようにおもう。

自分の経験からいうと、高収入な人々は、謙虚であり、人のいう事をよくきき、社会ルールを遵守し、相手の立場をよくかんがえて行動するひとがおおい。

むしろ自己中で、ルールを守らず、約束時間には現れず、断りの電話も入れない割には、要求が多いクレーマーな客は、貧乏人に顕著なきがする。

しかし考えてみれば、そういう体質だからこそ、貧乏神をおびきよせてしまうのだ、とも言える。自己中な人の周りにはロクな人は集まらず、約束を無視する一方要求が多いとあれば、まともな人は相手にしない。

そして自分が「負け組」(まあこの概念もお手軽にすぎてどうかとは思うが、便宜上、使わせていただく)にあることを、自分が「甘い」せいだと勘違いし。

さらにキチキチに厳格にならねばと考えては他人に厳しく当たったり、ルールを自分に有利に自己解釈したりしては相手の反感を呼び、さらに負けを呼び込んでしまう。

一方、「勝ち組」のひとびとは、一般におおらかである。「金持ち喧嘩せず」のフレーズ通り、高収入な人は些細なことでいさかいを起こさず、一緒にいて心地よい。余裕があるから、相手への心配りも行き届きやすい。

無理な要求はしないから、依頼された側も、「よし、この人のために何かしてやろう」という気持ちが出てくる。

よく「金は金を呼ぶ」として、貯蓄の重要性を説かれるが、その真意は利息や投資よりもむしろ、貯蓄の生み出す「心のゆとり」にこそ、あるように思うのだ。

迷惑な牛

牛に住み着かれてから、1年以上たつ。

もちろん牛だから家賃も払わなければ、光熱費を払うこともない。食事はたまに作ることがあるが、寝ている横でガンガン作り出すので注意すると、凶暴化して暴れだして、手がつけられない。

基本、牛には思いやりがない。もっとも当牛は、自牛は思いやりたっぷりの好牛だと信じているので、厳密にいえば、思いやりが自己中的に発揮されている、ということだ。

相手が食事はいらんといっているのに、無理矢理食べさせようとする牛の強引さ、周囲の見えなさが、わざわいしている。そう、牛は周りが見えないのだ。(というか、周りが見えないから牛なのだが・・・)

牛だから、思い通りに行かないと暴れだす。すると周りの人は暴れださないように、牛の機嫌をとる。それが積み重なると、牛は機嫌を取られている状態が正常で、少しでもそれから離れた通常の待遇を「異常」と錯覚するようになる。

自分の服は自分で洗濯しろ、と言われただけでも「不親切」「冷酷な仕打ち」と怒り出すわけである。自分の世話をしてくれるのが愛情の証であり、それをしてくれない人間は非情な人非人というわけである。

びっくりアマゾン野郎

ときどきアマゾンの中古市場で本を買うが、この前出遭った業者はびっくり野郎だった。

注文した瞬間に代金は引き落とされるも、品物は、一向に送られてこない。

通常の業者は、2,3日、遅くても一週間で送ってくるが、この業者は二週間たっても3週間たっても、なしのつぶて。

待ちかねてメールするも、返事のヘの字もない。しつこくメールすると、ようやく「これから発送します」と返事があり、2,3日して小包が送られて来た・・・のだが、


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セコムしてません

セコムのCM。

野球中継で、長島監督が出ている。監督が審判に何か話している。それを見ていた木村が「セコムしてますか」って言ってるんだろう、とツッこむ。

たわいないと言えばたわいないCMだが、何かセコムの思い上がりを見るようで、いたたまれない。

なにかと言うと、このCMは以前、長島が出て「セコムしてますか」と尋ねるCMを知っていないと、意味が分からないCMなのである。

以前のCMを見た人が、実際にTVに出ている長島に「本当はセコムって言ってんじゃねーのw」と軽口を叩いた、というのが、おそらくこのCM製作の出発点だったんだろうけども、そこからはどうしようもなく内輪ウケ臭が漂ってくる。

内輪なら内輪で笑っておけばいいのだが、CMは万人に向けたメッセージである。つまり、セコムには万人が以前のCMを知っているハズ、いや知ってなければならない、という増長があるわけだ。

二月が来るたびに

今年も恵方巻の季節がやってきた。コンビニなどで山積みされている巻寿司を見るたびに、ある種の不快感をかんじてしまう。

というのは関東には元々恵方巻の習慣がなく、それをコンビニが無理やり広げたという経緯があって、関東人の自分には、いまだに馴染めないのである。

大体、「恵方を向いて黙って食う」というのがいけない。黙って食うなんて辛気臭いし、そもそも「恵方」というのが意味不明だ。

調べて見ると「恵方」というのは「歳徳神」のおわす方角、ということだが、その歳徳神というのがまた良く分からない。

道教でその年の福を司る神というが、牛頭天王の妻や、スサノオの配偶者という説もあり、一定しない。(元々が民間信仰であるので、正体不明は仕方ないといえば仕方ないのだが)


もっとも、よく分からないからヤメロ、という訳ではない。クリスマスもまた、同様に神を祭るイベントで、おそらく世界で最も有名な祭儀だが、その割には不明なことが多い。

そもそもクリスマスはキリストの誕生日ではなかった、という説が有力で、じゃあそもそもクリスマスとは何だったかと言うと、キリスト教伝来以前の、ゲルマン諸族の冬至を巡る祭儀、というのが本当らしい。

しかし由来がどうあれ、クリスマスは非キリスト教国の日本にも、しっかりと根付いている。それは聖歌を歌ったり、プレゼントを交換したり、クリスマスツリーを飾ったりと、色々楽しくなる仕掛けが施してあるからだろう。

もちろん、その裏には「クリスマス商戦」という商売根性が潜んでいることは確かなのだが、それでも騙されてもええわ、という大らかな気持ちになれるのが、クリスマスの威力というものだ。


一方、恵方巻になると、そのような装飾がないぶん、露骨に商売根性が透けて見える。透けるというか、隠そうという意識すら見られないのがイタイのである。

確かに1月下旬から二月上旬にかけては、これといったイベントがない。節分はあるにはあるが、「豆」の売り上げなどたかが知れている。せめてのり巻きでも丸かぶりしてもらって、売り上げを伸ばすぐらいしか、手立てがない。

その手の業界主導型イベントとしては、バレンタインや土用丑の日などがあるが、これらが定着したのは、それなりに需要があったからだろう。

女性側から愛の告白をできるという、欧米にもない奇抜な設定、暑い夏をウナギパワーで乗り切ろうというアイデアは、なかなか合理的で、民心にアピールする華やかさをも持っている。

それに引き換え、黙って、眼をつぶって、恵方を向いて食す、とは何という設定か。そこには何の工夫もないどころか、人を小ばかにしたような仕掛け人の姿さえ、見え隠れする。


似たようなコンセプトのイベントとしては、「聖ジョルジュの日」というのがある。これは聖バレンタインにあやかって、その日はチョコの代わりに本を送ろう、と出版業界が提唱したものだが、ものの見事に廃れた。

というのは本を贈るという地味さ、バレンタインの二番煎じというアイデアのなさ、聖ジョルジュの知名度の低さ、そしてそこから透けて見える出版業界の仕掛け色、というさまざまな悪因が重なったからと、思われるのだが、

黙ってのり巻きを食べるという地味さ、歳徳神の知名度の低さ、そしてそこから見えるコンビニ業界の仕掛け色の濃さ、という「丸かぶり」具合からして、恵方巻なるイベントもすぐに廃れると確信していたのだが、09年に至るもしぶとく残り、なにやら根付き始めた感さえ否めないのである・・・

109の福袋

地下鉄の渋谷駅に降り立つと、ずらーっとコギャルが並んでいる。ちらほらと男性もいることはいるが、それはコギャルの連れ添いで来ているらしく、やはり若い女性がほとんど。

地下鉄の連絡通路を埋め尽くして、どこまで伸びているかと思うと、階段を地上に上がって折り返し、109まで続いている。ざっと1、2千人はいるだろうか。ここまで来ると人波と言うより、人壁で、横切るのにも一苦労だ。

この行列は109で何をしているかと言えば、福袋を買っているのである。そう、1月2日は初売り。コギャルのメッカ・109では、福袋にかこつけた新春バーゲンをしているのだ。

服袋だから、全ての商品が気に入るわけではないが、そこはコギャル。路上で早速、即席フリマが開かれる。「この服2千円でいいよ~」「たったの千円!」などという怒号が飛び交う。ほとんどアメ横状態。

福袋は1~3万円。それに4万人が殺到したというから、どこが不景気なのか、不思議に思えてならない。

もっとも、昨今の消費傾向は「一点豪華主義」で、他は切り詰めても、自分の好きな分野には惜しみなく金をつぎ込む、というのが主流になっているという。いわば「オタク経済」が、日本を動かしているわけだ。

むしろ生活必需とされてきた車や、日常生活品の方に、不況の波は厳しく覆いかぶさっている。

そこから見えてくる「21世紀型経済」というものは、やはり個性や趣味にうまく食い込んだサービスが勝ち組になる、というものだが、ツクモ電機のように、趣味に走りすぎても倒産してしまう。むずかしいものである。

グーグル先生沈没記

あけおめー、と言うわりには、しょっぱなから景気の悪い記事をお送りしたい。グーグル・アフィリエイトの失敗談である。

去年、我がブログライフに起きた最大の出来事は、何といっても引越しだろう。gooからfc2への引越しである。予約投稿ができない、埋め込みタグが使えない、著作権がないなど、ないない尽くしのgooだが、最大の問題は「アフィリエイトができない」ということだった。

周辺でグーグルがどーの、A8がどーの、という話を聞くたび、「ブログで印税生活(←違う)ってどうよ?」なんてときめいてしまう自分がそこにはいた。

そこで、のさかりう殿を先達にして、アフィ・ブログとして有名なfc2に拠点を移し、googleの広告(アドセンス)をを張り出したのである。

当初はそれなりにうまく行っていた。至るところにpingを飛ばし、ブログエディタやブログ村に登録し、ページビューはうなぎのぼり。一日1000pv、2000pvまでいくと、広告料も2,3百円まで増えてくる。

月額一万円は行くだろうとほくそえんだある日、不意にグーグル先生からメールが届く。「あなたのサイトはわが社の広告主に重大な損害を与えましたので、アカウントを削除します」

「は?」

思考停止しばし。グーグルは自己クリックに厳しい、と聞いていたので、自分でクリックした覚えはない。仮にしたとしても、数回のクリックが「重大な損害を与える」とも考えられない。考えられるのは・・・「アドセンス狩り」。

これはわざと広告をクリックし続けることで、アカウントを削除させるという悪戯である。ブログのように不特定多数が見る媒体では、こういうことが起きやすい。しかも自慢ではあるないが、当ブログはズケズケ物を言うことをモットーとしているので敵が多い。その敵の誰かが、わたしに損害を与えるために、アドセンス狩をおこなったのだろう。

そこでグーグルに抗議メールを送ったが、いつまでたっても全く返事がない。アドセンスの運営は機械化されており、スタッフは一々メールに目を通さないと言われている。確かにlong tailなブログ広告で、一々ブロガーからのメールをチェックしていたら、仕事にならないということは理解できるが、あまりに傲慢な殿様商売という印象はぬぐえない。

6割はグーグルが握っている。2割がやふうで、残りを幾多の弱小エンジンが奪い合っているという一強独占の構図が、現在のネット検索の世界である。なぜマイクロソフトのように、独禁法に引っかからないか、実に不思議なのだが、兎も角そのような独占力の上に、展開されているのがグーグル・アドセンスなのであり、その傍若無人な運営姿勢からは、「グーグル検索に引っかかるだけでもありがたく思え」な態度がありありと見える。

だが思えば、検索シェア9割のヤフーも没落、身売りがささやかれる昨今。乗車必衰はIT界の慣わしである。グーグル先生の沈没も、意外に近いように思われてならない。

めがねをおる

寝ぼけて立ち上がったところ、枕元に置いてあったメガネを踏んづけて折ってしまった。

蝶番のところで見事に真っ二つになっていて、もはや自力でなんとすることもできそうにない。これも夜遅くまでこんなのを見ていたせいだが、メガネがないと、ブログもSNSもメールもチャットもゲームも(仕事も)できないので、早速修理に行く。

手始めに行ったのがメガネス○パー。大手なら何とかしてくれるだろう、という甘い期待はさっさと裏切られ、「年内には修理できない」と店員の冷淡な一言。「もっと早くできないか」と頼むと、「急ぐならここにあるフレームを買え」と商談を勧めだしたので、早々に退散。

大手はカスタマーを軽視するから、個人店にいくべし、と思って近所の○鏡堂を訪問。ここは夫婦でやっている店で、いつも婆さんが店番に立って外をにらんでいるので、とても入りづらい店だ。

だが、勇気を出して突入。するとやはり、けんもほろろに断られる。蝶番の破損は部品を調達しないとならないので、やっていないそうだ。それはそうだが、以前、旅行先の台湾のメガネ店ではきちんと修理してくれた。部品がありそうもない、日本製のフレームなのに、である。

要は儲からないからやらない、そこまでの技術力がない、ということに尽きると思う。ギジュツ立国の足腰は、こんな点からも弱ってきているのだなあ。

三軒目の○眼も、やはり店員が仁王立ちになって、客を遠ざけている。マッチョな店員で、下手な質問をすると殴られそうだが、恐る恐る切り出すと、なんとこの店、修理してくれるという。しかも来月来年という悠長なことは言わず、三日後には引き渡せるという。

しかし仕事を三日も休む訳には行かない。以前のめがね屋には「貸しめがね」という制度があって、修理中は度数に似たメガネを貸してくれたのだが、今はそういうサービスはしていない。

仕方なく、メガネを新調することにしたのだが、その店では本日中で作ることはできないという。旅はまだ終わらない。


4軒目はZ○ff。旧来のメガネ屋とは程遠いfashionableな店構え、センスの良いフレーム、その割にはreasonableな価格設定ということで、以前からキになっていた店で、これを機会に利用してみることに。

わらわらいる店員は、当然めがね男子w。

だが、今までの店のように強引に売りつけてくるのでなく、あくまで客の影に潜んで要求を待つという、執事スタイル。このあたり、きちんと時代を読んでるなあ、という感じ。

フレームは奇抜なのは少なく、その手のはunder frameがあるくらい。これはフレームがレンズの下側だけに付着しているもので、従来のupper frameとは違った味わいがある。

早速かけてみるが、意外と人を選ぶフレームと判明。なんというか、目つきが悪い人がかけると、レンズ下側のアクセントラインとあいまって、とても凶悪な顔つきになってしまう。断念。

その他は割とオーソドックスな黒縁が多いが、さりげなく裏地を白くしたりと、ワンポイント、セールスポイントを入れてあるのがまた心憎い。

結局その種のフレーム選び、検眼へ。結果は以前と変わりなし。ただ卵子がきつくなったか。コンピュータ作業が多いので、それ合わせて、0.8程度に度を緩めてもらう。

これで5千円というのだから、本当にめがねは安くなったのだなあ、と思う。しかし儲けは出るのか。他人事ながら心配になってしまう。しかも仕上がりは30分後というスピードだし。


○offという名前からIKEAのように北欧メーカーをイメージしていたのだが、実は日本の会社。

「ヨン様のCM」で有名になった眼鏡市場と同じく、輸入品、無名メーカーを主体にしての価格競争で業界をリードしている。

もっとも安いだけあって、レンズはすぐに傷がつきそうな具合。

ただこれだけ安いと、むしろ洋服感覚で気軽に買い換えて楽しむ、というコンセプトに切り替えた方がいいだろう。

視力はだんだんと変化するものだから、手間ひまかけて一生もつものを作るより、その方が合理的かもしれない。失敗しても、5千円ならあきらめもつこうというもの。

本屋バトン

某野菜屋さんから流れてきた【本屋バトン】。

■本屋さんに行ってどんな本を見ますか?
小さな本屋では、マンガ雑誌→マンガ新刊→鉄道雑誌。
大きな本屋では、アート系、時事論説系、旅行・自転車、サブカルものなんかを見るかな。

■雑誌は買いますか? どんな雑誌を買って、またどんな雑誌は立ち読みしますか?
雑誌は買いません。立ち読みか図書館で。電車の網棚で拾うこともw。雑誌の一部しか読まないし、買うと捨てられないので、本箱を圧迫するんですねー。

■最近読んだ本は?
コミック:「かんなぎ」「大きくふりかぶって」「ヒャッコ」「みつどもえ」
本:「経済数学」「意思決定論」「古神道・神道」「中国庭園」

■どんな漫画が好きですか?
萌え+ギャグ。「苺ましまろ」とか「みつどもえ」とか。
SFアクション。「コブラ」「鉄腕バーディー」「銃夢」とか。
ファンタジー・アクション。「怪物王女」「マジカノ」「ジョジョ」
メカニック。「ストライクウィッチーズ」「エリア88」

■買って失敗した……面白くないから買わなきゃよかった、という失敗はありますか?
「ヨルムンガンド」:1巻は面白かったが、後はぐだぐだ。
「聖☆おにいさん」:面白い言われて買ったが、いつか見たギャグ。

■本(漫画・雑誌を含む)にかけるお金は月に何円くらいですか?
仕事用も入れると、5千縁~1万円。

■雑誌や週刊誌はたまってくるとどうしますか?
以前はスクラップしていたが、昨今は情報はネットでgetできると割り切って捨て。

■おすすめの本があれば教えてください。
やはり古典・名作系は考えさせられます。。。夏目漱石系、ドストエフスキー系、ガルシア・マルケス系など。

■これはよくないよっていう本はありますか?
堺屋太一や童門冬二系の歴史小説。口述筆記的で、中身の薄きこと甚だし。
「陰日なたに咲く」:本当に売れたのか?出版社が数字操作をしているのでは?と思うほどつまらなかった。

■本屋さんはどれくらいの頻度でいきますか?
週5、6回か。というか行かない日はほとんどない。

■買ったけど読んでない本ありますか?
忙しい時以外、ないですね。

■バトンを回す5人。
本好きさんは拾ってください~

血液型ゲノム

きうりんや、りうタンや、DILIさん空猫さん、某Nさんなど、巷で流行っている血液型ゲノム。遅ればせながら参戦。結果は・・・


leprechaunさんの血液型診断結果
よくしゃべるO型

一度話しだすと止まりません。
神経質度:
★★☆☆☆
自分好き:
★★★☆☆
八方美人:
★★★☆☆
気分屋度:
★★☆☆☆

CHARACTER
性格
相手よりも上の立場にも下の立場にも振る舞うことができます。冷静なときと熱いときの温度差が激しいです。ケチケチするのは嫌いで、健全にお金を使います。自分のことは自分でやるという信念を持ちます。他人に何か頼まれるとイヤとはいえない性分です。向上心をもって常に伸びようとします。また自分の考えや行動に自信を持っており、自分の意思を優先します。ちょっとずるいところがあります。

WORK
仕事
あなたは社交性がありません。押す時と引く時がはっきりわかれる動きをするでしょう。気分で結構かわってしまいます。だめなときはイケてません。仲間とは助け合いたいと思っています。尊敬できる上司や社長を求めます。プラスのあるほうに行動します。責任感が強く自分の信念があり、周りの人と調子を合わせてなんとかします。

LOVE
恋愛
臨機応変に相手の女性に合わせて行動します。熱しやすく冷めやすいところがあります。また、温和で無難な付き合いを望んでいます。相手の女性を尊重します。お互い成長し合える関係を望みます。相手の女性に誠意をもって接しますが、相手のネガティブな部分に疲れるときがあります。相手と繋がりたいという気持ちが強いです。


全体的にK氏と似てるなあ・・・・しかし「よくしゃべるO型」ってなんぢゃ、これは?しかも「ずるいところがあります」なんて、最悪w。ウケを求めて極端な選択ばかりした報いかしら。でもまあ「イジワル」という診断よりはましかw。

にこにこフリマ

日ごろコメントを付けてもらっている、にこまるさんがフリーマーケットに参加するというので、のこのこと出かけてみた。

にこまる探検隊は、都心から電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、一時間半かけてC県北郊のK駅に着いた。ここから南口に降りて、歩いて11分、と案内図にはある。。。。のだが、そもそも南口がない。

うろうろ探して分かったことは、K駅には北口しかなく、一旦そこから出て、線路を渡って南へ行かなければならない・・・・のだが、今度は踏み切りがない!

駅前商店街の地図を見てみると、どうやら陸橋を渡って南へ行くしかないようなので、それに従って南下を試みる。そして十分ほど歩けば、目的地が見えてくる・・・・はずなのだが、一向に見えてこない。

20分、30分と歩き続け、さすがに不安になってくる。道を聞こうにも、路上を歩く人は一人も居らず、トラックが行きかうばかりである。

道の両脇は「霊園」になっており、さらなる不安感を煽り立ててくれる仕組みになっている。その霊園のネーミングが「メルヘンランド」というから、泣けてくる。こんなことなら、自転車を持って来るんだった。

腹は減るわ、喉は渇くわ、でへろへろになりながら過度を曲がると、幸運なことに、そこが目的地であった。



にこさんはここで、自分でペイントした木工品を売っているのだという。開場は20ほどの出店があるだけなので、それらしき店はすぐに発見できた・・・のだが、店主は男性で、にこさんではない。ご主人の7まるさんかもしれないが、単なる店番という可能性もある。

そこでちょっと会話してみると、「妻がペイントしたんですよ」と応えてくれたので、この店主が7まるさんと判明。そしてこちらも正体を暴露w。

にこさんは他の店を見に行っていたらしく、すぐに戻ってきた。

にこさんの写真は以前見たことがあるのですぐに分かったが、写真よりずっと背が高く、美人。7まるさんも爽やかな好青年という感じで、お似合いの夫婦という印象。

折角なので、工芸品を買っていく。ベランダにおけるような鉄線椅子をもらおうと思ったのだが、持ち帰れそうもないのであきらめ、丁度欠けていたコースターを一つ買うと、も一つおもけで付けてくれた。

結構模様が細かくて、精密で立体感がある。どうやってラインを引いたのか、というと、引いたんじゃなくて、テープを貼るのだという。それでも木工の形にあわせて貼るのは大変だろうな、と思ったが、集中してやれば、1、2日で描ききれるものという。

考えてみると、こういうものは何日もかけてコツコツやる類のものでなく、一気呵成に仕上げるものなのだろう。またそうでないと、日によってタッチが違うから、仕上がりも統一感を欠くものになるのだろう。



木工も自分で作るのか、と聞くと、流石にそれは買ってくるのだという。そして小さいものほど、却って高いのだという。なるほど、材料費より加工費がかかるということらしい。確かにコースターは千円なのに、その4倍くらいの大きさのお盆は500円ほどでしかない。

ティッシュいれになると、2000円くらいになるが、これは直方体に穴が開いているので、工賃がかかるのだろう。

などと、ティッシュいれをなでなでしていると、物干しそうに見えたのか、「これもどーぞ」とお土産に付けてくれた。いやぁ、いい人達だw。

話はブログ話になり、7まるさんの骨折や自動車の事故、新居や共通のブロ友の話になったが、そういった電子上でのエピソードが、実際に眼の前の人の口から発せられるのを聞くと、何か軽い違和感を感じてしまう。

そうこうしている内に、「めがねケースもどーぞ、ペン立てもどーぞ」と段々とサービスが加熱し、店先がさびしくなってきた。店を潰すのが目的でないので、ここらが潮時と、お開き。

こうして無事、にこまる探検隊は任務を果たし終えた。そして木工品の山を引きずりながら、遥かなる帰還の途についたのであった。。。。あ、しまった、写真を撮るのを忘れたぞ。

全日本ご不満放出選手権

リーマン破綻、物価高、景気悪化、何かと不満のたまる日々だが、その不満を吐き出すのに丁度良いサイトが『全日本ご不満放出選手権 booing.jp』だ。

これは何かというと、鬱憤を書き込んでクリックすると、その鬱憤とともにブタが空を飛び、その飛距離が表示されるというもの。飛び終わると、他の人々の不満も見ることができる。(例:
飛距離の結果を見る


正直これで不満がハッサンされるとは思えないが、面白いといえば面白い。なお音量はかなり大きいのでくれぐれも職場でやらないほうが無難。

提供は日本労働組合総連合会、いわゆる「連合」だが、こういう柔らかなサイトを経営しているのはちょっと驚き。昨今、組合員が激減しているので、若者をひきつけようという作戦か。

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